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【映画】「最後の人 (1924)」 最後の粋な計らいは余計。悲惨な物語は悲惨なままがいい


おすすめ度 ★★★★

題名 最後の人(Der Letzte Mann)
監督 F.W.ムルナウ
出演 エミール・ヤニングス、マリー・デルシャフト
上映時間 74分
制作年 1924年
制作国 ドイツ
ジャンル サイレント、モノクロ、ドラマ



映画史上初めてハンディ・カメラを使用した事でも知られるムルナウの傑作映画。

冒頭と最後に作り手の説明とかお断りみたいな字幕は入るが、本編中に中間字幕は一切ない。でも分かりづらいところは全然なくて、中間字幕などなくても映像と演技のみで全てが理解できる。

人生に打ちのめされていく主人公の苦悩が、手に取るように伝わってくる。それが他人事ではないのだった。
 
 

あらすじ

主人公はホテルで働く初老のドアマン。彼は金モールも煌びやかな制服やドアマンという仕事に誇りを持っており、妻も近所の人たちも彼に一目置いていた。

ところがある日、「彼はもう歳だから任務を果たせない」と判断したマネージャーに呼び出され、ドアマンからトイレ掃除係に異動させられてしまう。そんなことはないといきり立つ主人公。そばにあった大きなトランクを持ち上げようとするが、実際持ち上げることができない。誇りにしていた仕事を失っただけでなく、今日は姪の結婚式。ドアマンの制服で出席するつもりだったが、それが叶わなくなり絶望してしまう。

その晩、彼はドアマンの制服をホテルから盗み出し、それを着て結婚式に出席する。楽しい思いも束の間、翌日酔いの残る足取りで出勤するが、ホテルの前にいた別のドアマンの姿を見て現実に引き戻される。駅のクロークに制服を預け、トイレ係として勤務するが、差し入れを持ってきた妻に自分がすでにドアマンではないことがばれてしまう。ショックを受ける妻と姪。打ちひしがれるドアマン。口差がない人々によって噂は瞬く間に近所中に知れ渡り、興味津々で彼の帰宅を待つ近所の人々。

彼は預けていた制服に着替え、ドアマンのままのふりをして帰宅するが、家族からはまるで犯罪人のように迎えられ、いたたまれなくなってホテルに制服を返しに行く。すべてを失い絶望した主人公は、ホテルのトイレに駆け込みうなだれたまま動けなくなってしまう。

 
・・・ここで、唯一の字幕が入る。「あまりにも可哀想なので、脚本家が粋な計らいをしました」みたいな。そこからはひょんなことから大金持ちの遺産を相続することになった主人公の得意げな成金ぶりが、皮肉たっぷりに描かれる。
 
 

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Von Universum Film AG (UFA) - The movies come from America p157 (at Internet Archive), Gemeinfrei, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=73595506
 

解説

ドイツ表現主義、モノクロ・サイレントの代表作のひとつ。
 
主人公を演じたエミール・ヤニングスは当代きっての名優だったらしい。コミカルさも交えつつ、老いと、自分の人生を自分でコントロール出来ない悲しみを演じきる。
 
監督のムルナウも名監督。主人公がホテルからドアマンの制服を盗んで飛び出し、罪の意識にさいなまれてホテルを振り返り、しかし姪の結婚式があるからと罪の意識を振り払うかのように制帽をかぶり、制服を着こむシーンは、演技も演出も共に素晴らしい。まるで歌舞伎だ。

 
老いて現役から追われる主人公の悲しい姿は決して他人事ではない。いたって日常的に繰り広げられている出来事だし、誰にでも訪れる、回避できない人生の必然的イベントだ。とはいえ誰にでも訪れるからと言って悲劇じゃないわけじゃない。

ドアマンという職種が誇らしい仕事だった時代があった、、、とかではなく、おそらく彼を取り巻くコミュニティの中ではかなり上等な仕事だったようで、主人公はドアマンでいられれば、ドアマンの制服を着てさえいれば胸を張って生きていかれたのに、それを失えばただの貧乏な老人にすぎず、いわばコスプレ的人生だ。

そんな人は現代でもいくらでもいる。勤務先のランクや肩書や名刺がすべてで、自分の人間的魅力で勝負することをおろそかにしている人は、私を含めて掃いて捨てるほどいると思う。それってコスプレ的で、悲しくて滑稽なことだ。私の馬鹿。

ただこの主人公は、そういう日が訪れることを想定していなかったらしく、ある日突然「青天の霹靂」みたいに降りかかってきたよう。そこらへんは彼が愚かなのか、それとも昔は定年なんて考え方がなくて終身のつもりだったのか、私には分からない。
 

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By F. Weber - 1001 Films to See, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=66413977
 

雑感

相当悲劇的な作品だけど、コミカルな演出も随所に差し込んでくるから、決して重たいばっかりの文学作品ではない。
 
とにかく近所のおばちゃんたちがめちゃくちゃ上手い。人の不幸がすごく嬉しそうw。「あのふんぞり返っていたドアマンが没落したわ!」って感じで、「聞いて聞いて!」って、もう楽しくってしょうがないといった感じ。彼女たちの悪意たっぷりのおしゃべりで、瞬く間に近所中に噂が広まっていくのだ。あまりにも楽しそうだからなんだか憎めない。このおばちゃんたちの演技は必見。

 
また、当時の雰囲気が味わえるのが古い映画のいいところ。オープニングの数秒が素晴らしく美しい。始まった途端に「ふわあ〜」って気分になって、映画に対する期待が膨らむ。ワクワクする。映画冒頭の字幕にもあるようにハンディカメラを使用した初めての映画らしいが、降りるエレベーターの中から撮影した流れるような映像は、ハンディカメラあってこそ。エレベーターボーイが出てくる演出も最高。

このオープニング・シーン大好き。美しくて忘れられない。必見です。


全編絶賛だけれども、ひとつだけ。

最後の粋なはからいは余計だった。妻の献身も、近所の人々の尊敬も、ドアマンという職業と金ボタンの制服があってこそ。悲惨な物語は、それが現実であるがゆえに悲惨なままでいい。

 
 

👇 これはDVDでの鑑賞となります。

 


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