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【映画】「十二人の怒れる男 (1957)」~疑わしきは被告人の利益に~ 密室劇の頂点 


おすすめ度 ★★★★


題名 十二人の怒れる男(12 ANGRY MEN)
監督 シドニー・ルメット
脚本 レジナルド・ローズ
出演 ヘンリー・フォンダ、マーティン・バルサム、リー・J・コッブ、エド・ベグリー、E・G・マーシャル
上映時間 97分
制作年 1957年
制作国 アメリカ
ジャンル 裁判、犯罪、社会派、密室劇、モノクロ
 
 
 
言わずと知れた傑作、シドニー・ルメット監督の「12 ANGRY MEN」。撮影はたったの19日間。密室劇といえばこれ、脚本の書き方のお手本、と言われる作品。

窓から見える景色は絵だし、ほぼすべてのドラマが起こる舞台はたったの一室。絵的には12人の男たちが机を囲んで椅子に座っているだけの映画なので、まるで舞台劇を見ているかのよう。

そして名優の誉れ高い、ヘンリー・フォンダの代表作でもある。
 
 

あらすじ

18歳の少年が父親殺しで起訴される。その裁判の陪審員として集められた12人の男たち。6日間の裁判を終え、陪審員たちは少年が有罪か無罪かを話し合うべく別室へ移動する。早く切り上げて解放されたい11人は有罪に投票。ところが1票だけ無罪に票が入る。判決を下すには全員一致が必須。仕方なく審議を続けるうちに、次第に少年の有罪を示す証拠が覆されていき、1票、また1票と無罪の票が増えていく。夏のうだるような暑さの中、全員の意見が一致するまで審議と投票が繰り返されていく。

 

登場人物

1番陪審員・・・陪審員長。高校のフットボール・コーチ。
2番陪審員・・・1回目の投票では、無罪を立証できなかったのだから有罪、という確たる理由もなく有罪に投票した。
3番陪審員・・・マッチョタイプ。37人の従業員がいる宅配便の会社経営者。22歳の息子がいるがここ2年間は会っていない。傲慢。
4番陪審員・・・株の仲買人。汗をかかず、つねに冷静沈着な男。
5番陪審員・・・1回目の投票後、有罪にした理由を説明する際に回答をパスした。容疑者の少年と同じスラム出身者。
6番陪審員・・・塗装工で、電車の線路わきで3日間仕事をしたことがある。
7番陪審員・・・セールスマン。今夜のヤンキース戦を楽しみにしている。投げやりな態度を11番に痛烈に批判される。
8番陪審員・・・ヘンリー・フォンダ。建築家。1回目の投票でたった一人、無罪に投票し一石を投じる。
9番陪審員・・・爺さん。実は最初から少年には同情的で、2回目の投票で無罪に転向した。
10番陪審員・・・大変な差別主義者で、かなり強い偏見の持ち主。自分の工場の経営が上手くいっていない。
11番陪審員・・・時計屋。大人しめだが、7番に対してきっぱりと批判する強さもある。
12番陪審員・・・広告業界に勤めている。一度無罪に投票した後すぐに有罪に転向し、また無罪に転向する。
 

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By Illustrator unknown; "Copyright 1957 United Artists Corp." - Scan via Heritage Auctions. Cropped from the original image., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=85718046

 

映画の解説

舞台劇に対しての映画の利点といえば、カメラがどこへでも行けること、そして編集ができるから場面転換が容易であることがあげられると思う。

舞台劇はシーンを変えようとすれば背景やセットを変えるなどの舞台転換をしなければならないけれど、映画は例えばオフィスのシーンが続いた後で、パッと居酒屋のシーンになり、次は自宅のシーンへ、などということが簡単にできる。地上から、次のシーンで宇宙にだって行ける。それが映画ならではの魅力のひとつと言えると思うけれど、この作品はその利点をすぱっと捨てて、裁判所の一室から登場人物たちが全く動かず、100分もの間12人の男たちのセリフのやり取りだけでスリルを演出して、観客の興味をもたせることに成功している。

まず「容疑者の少年は本当に父親を殺したのか」といった推理小説的な興味で観客をリードしていき、動機やアリバイ、トリック、目撃証言の信憑性などをひとつひとつ検討していくうちに、集まった12人の男たちの傲慢さや偏見、先入観、差別意識、さらには生き様までもがあぶり出されていく。そして簡単に誤った判断をしてしまう人間の危うさや、冷静かつ公平に事象を見ることの難しさなど、とても重いテーマが語られる社会派映画になっていく、という巧妙なプロットになっている。
 
 

この映画で繰り広げられる裁判について

まず前提として、スラムに住む、しかも有色人種であるスラブ系の少年が父親を殺害したと聞けば、それだけで誰もが有罪だろうと考える偏見がある。

実際映画冒頭では、父親殺しが問われる第一級殺人事件にも拘わらず、裁判官までもがいかにもルーチンワークといった面持ちで退屈そうにお決まりのセリフを読み上げ、頬杖をついて、まるでやる気が感じられない。

そして陪審員たちも、今日は今年一番の暑さだし、風邪もひいているし、エアコンはなく扇風機は壊れているし、少年はスラム街の不良少年だし、株価の値動きが気になるし、今夜はヤンキース戦もあるし、少しでも早く帰りたいだけでひとりの少年の命がかかっていることを真剣に考えていない。


そんな中たった一人8番だけが他の11人に対して「無罪かは分からない。でもたった5分で決めて間違えたくない」と主張して、決して諦めず、小さな疑問を提示し解き明かしていくうちに、次第に皆が「少年は本当に無罪なのではないか」と考え始める。

そして確かに8番の言うとおり、少年が無罪であるかは分からないけれど、有罪であるとも言いきれない結論に到達していく。


👇 映画予告編
 
 

感想

これは賢いと思ったのは、ヘンリー・フォンダが2回目の投票を呼びかけるシーン。わずかに有罪の証拠がほころび始め、11人の中には無罪に傾き始めた人物がいることを見越した彼は、自分を抜かして11人で投票することを提案する。しかも今度は挙手ではなく、記名式で。結果、もし11人が有罪に投票するようであれば、自分も有罪に従う、と。

これは凄い。もし8番も混じって12人で投票したら、8番は絶対に無罪票を投じることが分かっているわけで、他の11人がちゃらんぽらんな気持ちで有罪に投票しても必ず無罪が1票入るから、安心して有罪に投票できる。

でも先ほど有罪に投票した11人だけで再投票を行えば、また全員が有罪に入れるかもしれないという緊迫感がでてくる。すると自分の1票の重さが変わってきて、より慎重に投票することになるわけだ。すごい心理戦。11人に責任を委ねたわけだ。8番、頭いいなあ。しかもタイミングも絶妙で、ここしかないのだった。


もうひとつ重要なのが、2番陪審員が息子の話をするくだり。自分は息子のために彼を男にしてやろうと鍛えてきたが、ここ2年間音沙汰がない、と語る彼の表情は、自分が息子への愛情のかけ方に失敗したことを自覚しているけれど認めたくないという、複雑な感情が滲んでいる。たった1~2分のシーンだが、これがラストへ向けての伏線になっている。


結局、少年が父親を殺したのか、それとも殺していないのかは、推測の域を出ないため真実は分からない。

それでも時間をかけて話し合いを続けるうちに、一人また一人と、自分の傲慢さや怠慢を認め、思い込みや偏見を捨てて可能な限り真実に近づこうとしていく12人の姿は、頭脳を持った人間という稀有な生き物の希望を感じさせるハッピーエンドなのだと思った。


周りに流されてしまわないように。「同調圧力」や「みんなが言うから正しいんだろう」みたいな雰囲気だけで決めてしまわない様に。自分を信じよう。

8番を目指そう(空気読まないことにすればやれると思う)。

 

 

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