エムログ

古い映画を中心に、本、仕事・・・etc. 驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「タイム・マシン(1960)」~ジョージ・パルのパペット・アニメーションと超低速撮影~

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題名 タイム・マシン
監督 ジョージ・パル
制作 ジョージ・パル
原作 H・G・ウェルズ 「タイム・マシン」(1895)
出演 ロッド・テイラー、アラン・ヤング、イヴェット・ミミュー
上映時間 102分
制作年 1960年
制作会社 MGM
制作国 アメリカ
ジャンル SF、60's、タイムトラベル

「慌てなくていい 世界中の時間が君の物だ」 
親友フィルビーのセリフ


******* あらすじ *******
1900年1月5日。発明家ジョージは、自分が企画した夕食会にも関わらず約束の時間に現れない。招かれた友人たちは主人抜きで夕食を始めようとする。そこへ、破れた衣服、汚れて疲れ切った姿のジョージが部屋に飛び込んでくる。驚く友人たちに、彼は5日前の1899年大晦日にさかのぼり、この5日間に経験した驚くべき冒険譚を話はじめる。

1899年大晦日。ジョージは友人達を招いて夕食会を催していた。彼はその席で友人達に「タイム・マシンを発明した」と宣言、ミニチュア模型を使って実験して見せる。模型は跡形もなく消え去り、ジョージは「100年後の未来に旅立ったのだ」と自慢げに語るが、友人たちはまともに取り合ってくれない。会はお開きとなり、友人たちは呆れて帰宅していく。親友フィルビーだけがジョージを気遣い、家に残っていた。「なぜ時間に固執するのか」と問いかけるフィルビーに、ジョージは「自分が生まれた時代が好きになれない。戦争などで簡単に人が死にすぎる」と語る。フィルビーは「過去や未来になど行くべきではない。人の分を越えている」と諭すが、ジョージはフィルビーを家族の元に帰し、1月5日のディナーの段取りをしたあとで、自らが発明したタイム・マシンに乗り込み未来へと向かう。

1917年、1940年、1966年を経て、ジョージが到着したのは80万年後の世界だった。地上は緑に覆われ、果実がたわわに実り、さながら地上の楽園といった世界。巨大な頭像のそびえる神殿のような建物や、ドーム状の建造物も見える。川でおぼれた少女ウィーナを救ったことで、ジョージはイーロイと呼ばれる人類の末裔と出会うが、彼らは知的好奇心を失った無気力な人々だった。彼らのコミュニティを見限って飛び出したジョージは、今度は地下に住まう醜悪な、もうひとつの人類の末裔モーロックと出会う。263年に及ぶ戦争で地上は荒廃し、人類は地下と地上に分かれて進化していったこと、地下のモーロックが地上のイーロイを家畜化していることを知ったジョージは、捕獲されたウィーナを救うべくモーロックに挑む。その後、モーロックに持ち去られたタイム・マシンをとり返したジョージは、遥か過去の自分の時代へと戻っていく。そこで友人たちに事の顛末を話して聞かせた後、再びウィーナのいる80万年後の未来へと旅立っていく。
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注意:
「ミニチュア・タイムマシン作る方が難しくね?」とか「マッチを擦ってるけど、水に飛び込んでたような・・・」とか「薪もまた随分一か所に集まってるなー。しかもえらくキレイな薪だな」とか、思ってはいけません(笑)。そういうことは見なかった事にしてこの映画は楽しみましょう。

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超有名なSF作家、H・G・ウェルズの小説「タイム・マシン」の映画化作品。見どころはまずSF映画界に大きな影響を与えた監督ジョージ・パルのパペット・アニメーションと超低速撮影。ろうそくがみるみる縮んでいったり、太陽がぐるぐる昇ったり沈んだり、マネキンの着ている服が次々変わっていったり、花が咲いたり散ったり、実がなったり、これでもかと時間が高速で進んでいることを現すアイディアでいっぱい。最近のCG映画を見ている人から見るとチープに感じるんだろうが、ひとコマひとコマ撮影している手作り感とか、タイム・マシンが未来に向かっている描写をどう映像化するかというアイディアや工夫が楽しい。

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そしてビクトリア朝デザインのタイム・マシンの造形。史上最も美しいタイム・マシンと言われるやつです。ドラえもんのとか、キテレツくんのとかとは全然違う(笑)

このタイム・マシンの特徴はデザイン以外にもうひとつあって、空間的な移動はできないこと。時間軸は動けるけど、場所を動くことが出来ないから、ジョージはすごく未来や過去の時間には行けても、今いる場所からは動けない。だから移動先が山の中、なんてことにもなってしまいます。時間旅行に旅立つには不安ですな。私なら乗りません。海の中とかだったら泳げないし(ドラえもんにもそういう描写がある回があった)。ぜひとも空間移動ができるようにしてもらいたい。


ところで映画のテーマはなんだろう。「人類は学ばなきゃダメだよ」ということかな。知性を持って生まれてきたものの責任、というんですか。知性のある人類がいなければ、この宇宙はないのと一緒ですからね・・・「ある」ことを自覚して、それを記録するとか、伝えるとか、共有することは他の生物には今のとこ出来そうにない。夕焼けが美しいと思って、それを絵に描くということは、それを共有したいということに他ならないし、それが後世に残っていくことで、時代を超えて共有できる。そういった行動ひとつひとつが歴史を作っていく。こういうことができるのは、とりあえず私達は自分達人類しか知らない。その人類に生まれた私たちの使命、責任なんだと思う。イーロイはすべてをドブに捨ててしまっていますからね。これはダメ。ジョージがキレるのも無理はない。

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しかしイーロイとモーロックの取り扱いはあまりにもステロタイプ的でちょっと引っかかるところもある。人類が二つに分かれたのにはそれなりの事情があるわけで、地下に下りた人類モーロックは、家畜を飼おうとするくらいなんだから知性の残滓みたいなものは残されているわけでしょう。で、地上のイーロイはもう人類とは言えないほど、頭を使うことを放棄している子ども以下の存在です。それでも何気にイーロイの方が善、モーロックが悪、みたいに描かれているのは、やっぱり結局、見た目かな。

イーロイはきれいだもの。どうやら白人でプラチナ・ブロンドじゃないとイーロイにはなれなかったらしい(髪型は男の場合マッシュルーム・カット、一択)。おまけに年を取る前にモーロックに食われちゃうから、みんな若くて、しかも美しいし。

これ逆にモーロックが白人でプラチナ・ブロンドだったらどう感じるんだろう。ずっと地下にいたから色が白くなっちゃったんですよ、ってことで。それで地上のイーロイがすごく醜く描かれていたりしたら、案外地下の白人モーロックに共感するんじゃなかろうか。イーロイは醜いから家畜で当然、みたいな。

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ぶすダナー(笑)

しかしモーロックも変な人たちだナー。自分達は腰巻ひとつの裸同然なのにイーロイには服を着せようっていうんだから(笑)へんなの。


もひとつ興味深いのはイーロイのヒロイン、ウィーナ役のイヴェット・ミミュー。彼女の役ウィーナはとても可愛くて愛らしいのだが、頭は空っぽという役。頭が空っぽだから愛らしいのかもしれない。これを演じたミミューは本当に頭が空っぽに見える(笑) これは演技なのか、素に近いのか。他の作品を見られれば分かるのかもしれないが、彼女はあまり有名作には出ていないようなので永遠に分からないかもしれない。でもウィーナみたいな、純粋無垢でおばかちゃんな女は現実にはいないし、ウィーナも、突然現れた、しかも自分の周りには全くいない強い男を前にして、ゲットしようと本能的にかわい子ぶっているように見えなくもない。恐るべし、女。

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ミミューではないが

原作と比べると映画は多少のアレンジが加わっていて、終わり方も「本を三冊持ってウィーナの元へ戻る」という前向きな感じで、だいぶ趣が違う(どんな本を持っていったのか、親友フィルビーが私たちに問いかけていたりする)。

原作は映画よりももっとエグいし精神的にキツい。ディストピア感が原作の方が強くて、読むと気が重くなる。「宇宙戦争」とか「モロー博士の島」もそうだけど、ウェルズは気が重くなることが多い。草創期のSF作家としては比較的楽観的なジュール・ヴェルヌの方が私は好き。

 


この映画のDVDには、50分くらいあるメイキングが収録されていて、特撮部分や「タイム・マシン」のデザインなどに関しての制作者や出演者、映画ファンの愛情が伝わってくる。オタク必見です。