題名 シュリーマン旅行記 清国・日本
作者 ハインリッヒ・シュリーマン
出版社 講談社学術文庫
出版年 1869年
出版国 フランス
ジャンル 旅行記、日本史、江戸時代、人物
評価 ☆☆☆ 読む価値あり
トロイの遺跡を発掘したことで知られるシュリーマンが日本に来ていたことを今回初めて知って「あ、日本に来てましたか」と思い、10代の頃に「古代への情熱」を読んだことを思い出した。いたく感銘を受けた気がするが、その後すっかりシュリーマンの事を忘れていた。子供の頃は考古学に興味を持っていたのに、大人になったら失ってしまった。
シュリーマンはわずか1か月ほどしか日本に滞在していないにも関わらず、とても冷静かつ公平な目線で日本(横浜・江戸)のことを書き記していることに驚いた。シュリーマンの記述がどこまで正確かは私には分からないし、滞在期間も短いことや文化の違いから誤解もあるだろうが、あの時代の白人(キリスト教徒)たちの「有色人種完全植民地化計画」の真っただ中で、尊大さや優越感、差別意識が全く感じられないのは率直に感心した。見聞きしたものをただひたすら正確に描写しようとしているようで、「観察者の目線」っていうのかなあ。クール。クールだけど江戸の人々に対する視線には好感も感じられて、不愉快さゼロ。これはシュリーマンの人柄をしのばせて、好感度UP間違いないやつ。
1865年4月から清国(今の中国)から記述がはじまる。まず上海→天津→北京→万里の長城→上海へ戻って江戸に向かっている。
【清国編】
清国は当時すでに4億人を超えていたらしい。世界中で不潔な国を見てきたシュリーマンにとっても清国は特に汚かったようで、行く先々で不潔さについて筆を割いている。中でも天津はひと際汚かったんだとか。
辮髪(べんぱつ)と纏足(てんそく)のこと。女性の美しさは足の小ささが重要なので、纏足をしていて皆ヨロヨロとまともに歩くこともできない。
シナ人は賭け事が大好きで、どの通りにも賭博場がある。屋台で食べ物を買う時もくじ引きをして、当たればいくつも手に入り、負ければひとつももらえない。
紫禁城について。
『宮殿付きの第一位階の高官以外、何人もこの中へ入ることはできない。だが、この館は、宮殿というよりもむしろ、君主の牢獄と呼んだ方がふさわしいものなのである』
『離宮はもう何世紀も修理されていないように見えるし、城壁はいまにも崩れ落ちそうである。(中略)
すべてがまったく顧みられず、いままさに朽ちようとしていた。(中略)
多少とも壊れていないものは一つもない。』
清国での最大の目的「万里の頂上」についても同様で、その威容を褒めたたえ絶賛しつつも、すっかり放置されて荒廃している様子を「いまやこの大建築物は、過去の栄華の墓石といったほうがいいかもしれない」と結んでいる。
シュリーマンは清国政府の保守性にも触れている。いわく、汽船の運賃がひどく高価なのは石炭の価格が異様に高く、英国の10倍もする。それは労働者階級の生活手段を奪くことになる蒸気機関に対して嫌悪感を抱いており、いまだ手掘りであることが原因である。同じ理由から、鉄道が敷かれるようになるには幾世代もかかるだろう、と言っている。実際、清国ではシュリーマンが帰国した後すぐの1865年12月と、1876年6月の2回、英国人によって鉄道が敷かれたが、すぐに撤去させられているらしい。中国人たちの手によって鉄道が本格化するのは1888年になってからとのこと。日本では1870年に初の鉄道敷設に着工し、1872年に仮開業している。
ところどころにアヘンに侵されている人々の様子がさらりと無感情に描写されていて、滅びゆく文明という感じがした。
【日本編】
元々日本の評判は高かったらしく、日本を訪れたことのある旅行者たちからシュリーマンは色々話を聞いていて期待していたらしい。
横浜到着すぐからシナ人との違いを書いている。何かというと金額を吹っかけてきたシナ人たちに対し、日本人は船の船頭から税関吏まで、正規の金額しか受け取らず、賄賂を渡そうとすると「日本男児」と言って断ってきたらしい(笑)
欧州との文化の違いに関して。食器棚や衣装箪笥、テーブルやイスといった家具をたくさん使うヨーロッパに対し、日本では畳が敷いてあるだけで部屋に家具が一切ない。食事の時は膳に食器を並べて持ってきて畳の上で食事をし、食事が終われば片付けるから部屋にはなにもなくなってしまう。寝る時は枕のみで畳の上で寝るため、畳はベッドの代わりでもある(当時は現在のような布団らしいものは日本にはなかったそう)。全てが畳一発。それをシュリーマンは好意的にとらえていて、ヨーロッパもそんな豪華な家具は必要ない、日本を見習った方がいいんじゃないか、くらいのことを言っている。
日本人は世界で一番清潔な国だとも書いている。貧しい人でも町のいたるところにある公衆浴場に毎日通っている。そしてそれは混浴であり、男女が裸であることに何の羞じらいもなく、素朴そのものだと。ヨーロッパ的観念とは違うが、それは習慣の違いなのであって、その中にいれば淫らな意識などは生まれず、恥ずかしいことでも何でもない、と。
『国家安泰のためには、女性の身持ちがかたいことが肝要である。こうした男性の勝手な言い分には、女性の側からは異論もあろうが・・・うんぬん』と言いながら、ヨーロッパ的道徳観を振りかざすことなく、日本の混浴制度や売春(花魁)制度、遊郭(吉原)制度などに対しても、「合理的システム」としてクールかつ公平な、フラットな視線で眺めている。
その他、大名行列を見に行ったり、外国人では簡単には入れなかった江戸にコネを使ってなんとか入れてもらって江戸見物にいそしんでいる。繁華街で呉服屋のシステムを眺めたり、本屋や玩具屋など、活気ある商店を満喫している。
シュリーマンは、浅草観音寺は宗教の場であるお寺なのに、お堂の仏像の隣に優雅な花魁の肖像画が同列に飾られていること、人々がご利益を求めて賽銭箱に賽銭を投げ、仏像の顔を何度も触っては自分の顔を何度も触り、高いところにある仏像や仏画に願い事を書いた紙を濡らして紙つぶてにしてくっつけたりしている様子を見て、
『日本の宗教について、これまで観察してきたことから、私は、民衆の生活の中に真の宗教心は浸透しておらず、また上流階級はむしろ懐疑的であるという確信を得た。ここでは宗教儀式と寺と民衆の娯楽とが奇妙な具合に混じり合っているのである。
浅草観音の広い境内には、ロンドンのベーカーストリートにあるマダム・マッソーの蝋人形館によく似た生き人形の見世物や茶店、バザール、十の矢場、芝居小屋、独楽廻しの曲芸師の見世物小屋等々がある。かくも雑多な娯楽が真面目な宗教心と調和するとは、私にはとても思えないのだが。』
と書いている。
このくだりはあまりにも日本ぽくて笑う。日本人って江戸時代から全然変わってないじゃんとすら思った。シュリーマンするどいわー。日本は人が集まるところはイコール娯楽場という感じがある。お寺とか神社とか、到着するまで両サイドはお土産屋だもの。
シナはアヘンに侵されて退廃している雰囲気が漂っていたが、日本は全く清潔な雰囲気。アヘンのアの字もない。茶屋での描写も、十代の女の子が給仕をしてくれるのだが、清浄な感じで、美しいなと思った。こうしてみると日本が開国したのは英断だったと思う。これしかなかったんだ、と。
シュリーマンは江戸にはわずか5日間、日本全体を通しても1か月にも満たない滞在期間なのに、実に詳細に記録している。お付きの日本人を質問攻めにしたに違いない。その上、日本については数ページとはいえ「日本文明論」を書いて総括している。そこでシュリーマンは、「日本は工芸品において蒸気機関を使わずに到達できる最高の完成度に達している」「教育水準はヨーロッパ以上で、男も女もみな読み書きができる」と絶賛しながらも、封建的で抑圧的な日本の欠点や弱点もあらわしている。
日本観察の視点がこうならば、日本に来る前の清国の描写もかなり信用がおけると思われる。いやー、結構ぼろくそ書かれてましたけども・・・李子朝鮮は・・・行ってないのか。
今回、本書を読んで、すこしシュリーマンを調べてみて、彼への関心が俄然高まった。
なぜか。
この人、かなり胡散臭い(笑)。俄然興味出たYoー! (゚∀゚)
今までのシュリーマンについての私の認識は、
①語学の天才で、15か国語とか、そのくらい喋れること
②子供の頃に「イーリアス」を読み、そこに描かれ伝説と思われていたトロイの遺跡を事実だと思い込み、発見したいと夢見たこと
③そこでまず商人となって莫大な財産を築き、その財でもって後半生を遺跡発掘に注ぎ込み、発掘に全精力を傾け、幻であった念願のトロイの遺跡を発掘したこと
というくらい。いたって一般的な知識。「偉人シュリーマン」のイメージそのもの。
ところが、上記の3点のうち、
①15か国語喋れるというのは眉唾らしいww 案外使えたとしても、ちょっと使えるくらいだったのかもしれない。
②に関しても、自分の人生をドラマチックにするための後付けエビソードで、実際は全然夢だったわけでもなんでもなかったらしいww
③だから別に、発掘のために商売をたたんだわけではなく、商売をたたんだから発掘することにしたらしい。
おまけにトロイの遺跡に関しても、シュリーマンは「誰もが夢物語だと思って、実在しているとは考えていなかった(のを俺が見つけた!)」と言っているが、実際にはすでにトロイの遺跡を発掘している人は他にいたらしい。おい!
おいおい、大分・・・印象が違うぞ。これは面白くなってきた。
商人としての才能と運と努力を持ち合わせていて大金持ちになった成金シュリーマンが、さらに名声を得ようと文化事業に手を出した、そこで目を付けたのがトロイの遺跡だったと。成金にありがちな、ギラギラした功名心旺盛なシュリーマン像が想像されますな。
今度この目線で「古代への情熱」を読み直してみよう。楽しみがひとつ出来たー(うれしい)。