エムログ

古い映画を中心に、本、仕事・・・etc. 驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「ベン・ハー(1925)」~やはり主役はイエスさま~

f:id:msan1971:20190615222533j:plain


素晴らしかった。ううーん、やっぱり映画にセリフっていらないのかもしれないなあ。大正14年でなあ、こういう映画をなあ、作るんだよなあ、アメリカは。昔の映画を見ると「本当に映画ってすばらしいものですね(水野晴郎風に)」という気持ちになる。


20年代で200万ドルとも390万ドルとも言われる巨額の制作費を投じただけあってすごくスペクタクルだし、セリフなんかなくても何を言っているのか分かるほどの演技と演出だから分からないところも全然ないし、あの戦車競争のシーンも海戦シーンも見劣りすることはまるでない。エキストラも12万人動員したらしい。

こうなってくるとこの25年版でいいじゃんとさえ思えてくる。まあ59年版はトーキー化した、ということなのかもしれないな。

しかし20年代で200万ドルって、今だといくらなの。MGM黎明期の渾身の一作で、この映画の成功によってその後のMGMがあるらしい。

f:id:msan1971:20190615223040j:plain


1907年の15分版につづいて2度目の映画化で、今作を見るとあの有名な59年版ベン・ハーが、今作を完全に下書きにしていることが分かる。多少時系列が前後しているところがあるとはいえストーリーはほぼ同じ。構成とかカットとか演出とか、もう完全リメイクというか、おんなじ。

59年版のイエス様が「顔が映らない」手法も、今作は「手だけ」だったりして、すでに徹底されている。

59年版の監督であるウィリアム・ワイラーは、この25年版にも助監督として参加していたらしい。評判の高い25年版を完全に踏襲して観客の期待を裏切ること無く、最新技術を駆使してよりパワーアップを狙った、というところなのかな。

f:id:msan1971:20190615223145j:plain


59年版との大きな違いは、主人公のジュダが戦車レースでメッサラを打ち負かした後、頭角を現し始めていたイエスがローマを撃ち滅ぼしてくれると思い込んで、兵を挙げて付き従おうとする場面や、ライ病になった母と妹がイエスに癒されるくだりにジュダが全く関わっておらず、癒された後でジュダと合流しているあたりかな。


でも最も「は!違う!」と印象に残ったのは、ハー家の奴隷シモニデス(サイモニデス)の描き方。

59年版では、ハー家の忠実な使用人といった人物で、忠誠心の塊という典型的な人物に描かれているが、今作でのシモニデウスはもう少し深く描写されている。

今作のシモニデスは、同じく無人になったハー家の財産を守るために尽力するのだが、年月が流れジュダも母妹も死んだと知らされると、ハー家の財産を使って大金持ちの商人として成功して権力者となり、娘のエステルには実は奴隷身分であることを隠して育てている。目の前にジュダが現れた時、実際は奴隷であることをエステルに告白しジュダに財産を返すべきか迷うという、人間味ある人物として描かれている。

迷うだろうねー、このシチュエーションじゃ。言わなきゃ分からないかもしれないし、なにより何不自由なく育てた愛する娘を奴隷の身に落とさなきゃならないんだから、シモニデスの葛藤は理解できる。

そして世間知らずの娘ぶりを発揮するエステルに「真実はひとつ!」的に諭されて、娘ともども奴隷の服に着替えてジュダの前に姿を現し、真実を告白して財産を返すという、エホバ様やイエス様が好きそうな結末。罪は許されたよ。大丈夫、天国決定!

f:id:msan1971:20190615223338j:plain


映像的には基本はモノクロ映画だが、途中でセピア色になったり、イエス登場シーンなどは二色法カラーになったりする。

白黒写真やモノクロ映像はそれはそれでとても美しいものだが、途中で二色法とはいえカラーになると、色彩があるということが豊かなことなんだなあと、改めて思ったりする。衣装なんかも「ああ、ちゃんと色があるんだな」と当たり前のことを思う。


・・・ところでメッサラ、黒目どこやった? (; ・`д・´) なくしちゃったの。

f:id:msan1971:20190615223421j:plain

 

題名 ベン・ハー
監督 フレッド・ニブロ
出演 ラモン・ノヴァロ、フランシス・X・ブッシュマン、メイ・マカヴォイ、ベティー・ブロンソン
原作 ルー・ウォーレス 「ベン・ハー」(1880)
制作・配給会社 MGM
上映時間 141分
制作年 1925年
制作国 アメリカ
ジャンル サイレント、モノクロ、スペクタクル、キリスト教、20's