エムログ

古い映画を中心に、本、仕事・・・etc. 驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「宇宙戦争(1953)」~かの有名なH・G・ウェルズの小説「宇宙戦争」の映画化作品~

f:id:msan1971:20190726232719j:plain


火星人=タコ型のイメージを私たちに植え付けた小説、の映画化。地球人よりもずっとずっと進んだ文明を持つ火星人が、地球人を滅ぼしにやってくる。

火星が住めなくなって、太陽系の惑星に移住しようとあちこちリサーチしたけどあんまりいい星がなくて、それで地球に目を付けたらしい。なんの予告もなしに、隕石のふりして地球に激突してくる。乱暴。もちろん「一緒に住まわせて」とか交渉する気は全然なくて、かといって「奴隷にしてこき使っちゃおう」というわけでもなくて、問答無用で皆殺し。

火星人に迷いなし。白旗振りながら近寄っただけで、いきなりビームで殺されてしまう(灰になってた)。

f:id:msan1971:20190726233800j:plain


ひどい。取りつく島もない。「地球の制止する日(1951)」のクレトゥなんか、「このままのつもりで地球人やってると僕たちに滅ぼされちゃうよ。だから方針変えてね」ってわざわざ警告しに来てくれてやたら親切だったのに・・・まあ、言うこと聞かなかったら地球を丸ごと破壊するよとも言っていたけど。

 

www.mlog1971.com

 
そういえば序盤で神父様が「話せばわかる」とかなんとか言って世間知らずぶりを露呈していたなあ。さっき3人、灰になったばっかりだけど大丈夫? 神様がついてるからきっと大丈夫だよねって、全然大丈夫じゃなかった。 

f:id:msan1971:20190726232936j:plain

あほ

f:id:msan1971:20190726232959j:plain

決意するあほ

この決意の顔がいいね。笑う。崇高なバカ。あー、毒吐いちゃったなー。



しかし火星人の横暴さはかなりだった。話し合う気ゼロ。即攻撃。

とはいえ人類も相当なことをやっている。私はオーストラリアのアボリジニ狩りとか、タスマニア人虐殺とかを思い出した。「今日は○匹やった!」とか言ってスポーツとしてアボリジニ狩りが行われていたらしいし、白人たちが大勢で並んで手をつないで、ひとりのタスマニア人も見逃さないように追い詰めていったとも読んだことがある。火星人もそういう感じかな? 案外、あの緑の乗り物の中で「おもしれえ、おもしれえ」って言っていたかもしれないけど、私たちに文句は言えない。

人類は軍隊を出して徹底抗戦しようと核爆弾まで持ち出してがんばるけど、やっぱり文明の差が激しくて手も足も出なかった。敵はこっちに、来てますからね。ビーム出して、バリア張れてたもの。人類は助かるのかなあ。

f:id:msan1971:20190726233410j:plain


今回の映画化は、原作と比べるとかなり落ちる。短い時間で原作から大きくはずれず、よくやっていたと思うけど、でも・・・。当時の特撮の技術的な問題はもちろんあると思うけど、情報量の多い映像なのに、活字しかないH・G・ウェルズの描写力に負けてしまっている。

小説は文体もリアルだし、冒頭の、火星人が暗い情熱を持って虎視眈々と長い時間をかけて地球を観測していたらしい描写なんて、本当の出来事みたいに思えてくる。静かに、でももう人類最大の危機が始まっているんだな、私たちの知らないうちに知らないところでもう始まっていたんだな、と体にしみこんでくる。

19世紀末という時代設定も良かったし、主人公「私」の手記のような一人称の小説だから、自然に主人公の目線で物語を追体験できてグイグイ引き込まれる。これは古典でもなんでもない。いま読んでも傑作。小説が名作過ぎて、映画はだいぶ超えられなかった。


 


19世紀末の英国を、たったひとり馬車や徒歩で火星人の攻撃から逃げてロンドンへ向かうという、かなり孤独な原作。

だけど映画では女連れだった。やっぱり映画だから華が必要だと判断されたかな。まあ大した女じゃあないけれど 、いるのといないのでは雲泥の差。「若い女である」というだけで華はある。仕方ないか。男一人だと、娯楽作としては絵的に物足りないんだろう(ちなみにこの映画の2005年のリメイク、スピルバーグ&トム・クルーズ版では子供連れで、ダコタ・ファニングを連れていた)。

f:id:msan1971:20190726233631j:plain


最後に、映画はかなりキリスト教色が強めに出ていると感じた。映画の終わり方が、その意表をつく終わり方は原作通りなんだけど、なんか「神様ありがとう」みたいになってた。

えー、そう? あんまりそういう奇跡的な要素感じなかったよ。至極当然、納得の、科学的な結末だったと思うけどなあ。

なんかなあ。序盤に神父様が人類救出に失敗して、神はいないみたいな感じになっちゃったけど、「そうじゃないよー、ちゃんと神様は見守ってくれているよ!」みたいなことなのかな。ぜんぜん理解できない。これで「あー、やっぱり神様はいるね、よかった、ありがとう」みたいになるぅ? わかんないなあ。私には神はいない結果が示されただけのように思えるんだけど。神さまは出さずに、科学的なアプローチだけに特化すれば、もっとクールで良かったんじゃないかなあ。

・・・と言っていますが、私は「特定の神は信じないが、創造主的な存在はいるんじゃないか」と思ってますが、この映画では感じられなかったな、と思うっていう話。

原作もこんなだったかなあ。細かいところは忘れちゃったから、久しぶりに読み返してみようかな。あ、あと、この「宇宙戦争」の前日譚的な短編もあるから、そっちも読み直してみようかな(この短編も大傑作)。

じゃ。

f:id:msan1971:20190726233657j:plain

何の医学的根拠もなく火星人の脈をとって生死の判断をする主人公


題名 宇宙戦争
監督 バイロン・ハスキン
制作 ジョージ・パル
脚本 バリー・リンドン
原作 H・G・ウェルズ 「宇宙戦争」1898年
出演 ジーン・バリー、アン・ロビンソン
上映時間 85分
制作年 1953年 
制作会社 パラマウント
制作国 アメリカ
ジャンル SF、50's、モノクロ