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古い映画を中心に、本、仕事・・・etc. 驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「レディホーク(1985)」~RPG好きにおすすめの、中世ロマンティック・ファンタジー~

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題名 レディホーク
監督 リチャード・ドナー
出演 マシュー・ブロデリック、ルトガー・ハウアー、ミシェル・ファイファー
上映時間 121分
制作年 1985年
制作会社 ワーナー・ブラザース、20世紀フォックス
制作国 アメリカ
ジャンル ファンタジー、ラブストーリー、中世
 

「お前を天国で待っておる。必ず来いよ」「天国の鍵を盗んででも行きます」 フィリップとインペリアルの会話


最近、ルトガー・ハウアー死去のニュースを見てこの作品を思い出した(2019年7月19日死去)。一般的にルトガー・ハウアーといえば『ブレードランナー(1982)』なんだろうと思うが、私にとってはこの映画。10代のころ大好きだった、思い出の作品。


めちゃくちゃクズな司教から動物になる呪いをかけられてしまった騎士と伯爵令嬢と、それに巻き込まれたコソ泥が主役のファンタジー。戦いの場面は少なめ。

まるで定番のロール・プレイング・ゲームのような、絵にかいたような中世の世界が楽しめる映画で、かなり甘めのラブ・ストーリーでもある。呪いにかけられた騎士とお姫様なんて、まるでおとぎ話か、ディズニー映画みたい。

私、これが小説だったら絶対読めないw でも映画だとあら不思議、すんなり入り込める。

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【登場人物】
フィリップ・ガストン コソ泥(ネズミ)
エティエンヌ・ナバール 騎士(オオカミ)
イザボー・ド・アンジュー アンジュー伯爵令嬢(タカ)
アクイラの司教(クズ)
インペリアス 神父(失敗を取り戻したい)


騎士のナバールは昼間はタカに姿を変えた伯爵令嬢イザボーとずっと一緒。だけどナバールは夜になるとオオカミになり、イザボーは夜だけ人間の姿に戻る。夜だけ人間に戻ったイザボーは、ずっとオオカミのナバールに守られている。だけどイザボーはオオカミに姿を変えたナバールにしか、会えない。二人が同時に人間の姿になれる時間は、ない。もし運が良ければ、夜明けと日没のほんの一瞬の間に、姿を変える相手の姿が幻のように見える時があるかも。見つめ合うことすら奇跡なのだ。

こんな仕打ちを二人に科したのは、アクイラという街のカソリックの司教。やつはジジイのくせに、美しいイザボーに心を奪われ、何が何でも手に入れようと画策するが叶わず、イザボーは逞しい騎士団の隊長ナバールに恋をする。あたりまえだ。

それを知ったジジイの司教は「自分が手に入れられないのなら、誰も手に入らないようにしてやる」と、お互いが決して結ばれないよう、それぞれ交互に動物の姿に変身するよう、呪いをかける。ナバールは陽が沈むとオオカミの姿に、イザボーは陽が昇るとタカの姿に。決して人間の姿で触れ合うことはないように。

ナバールは司教への復讐に燃える。厳重な警備をくぐり抜け、なんとかアクイラの司教をこの手で殺したい。しかしクズの司教は臆病で用心深いから、厳重な警備と堅牢な城に守られて手が出せない。

そこへ、われらが主人公(この映画の主人公ね)、コソ泥のフィリップ登場。

というか、映画はここから始まる。

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****** あらすじ ******
コソ泥のフィリップは、ケチな盗みが見つかって「脱獄不可能な」アクイラの牢屋に入っていた。しかし器用で頭の回転も速いフィリップは、まんまと牢を抜け出すことに成功。案の定、司教のはなった追っ手に追われるはめになる。うまく追っ手をかわしつづけるフィリップだが、自分のわきの甘さが露呈して、いよいよ絶体絶命だ。

そこへ救世主のように現れるのが、騎士ナバール。彼は真っ黒な愛馬にまたがり、美しく立派なタカを腕に止まらせていた。行動を共にするフィリップは、やがて彼らの悲劇的な運命を知ることになる。

「出られたら、入れる」ということで、アクイラの牢を抜け出したフィリップを案内役に得たナバールは、自分達に呪いをかけた司教に復讐するため、アクイラの街へと向かうのだった。
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主役のマシュー・ブロデリックが若くてかわいい。ちょっと髪型がきれいに刈り揃えられすぎていて、後ろから見ると「ヅラ」のように見えなくもないが、そこは目をつむってもらいたい。

注:この映画はナバールが主役な気もするが、クレジット的にはマシュー・ブロデリックが最初に出てるのだ。

このころのマシュー君は前年の『ウォー・ゲーム(1983)』もあって、わりとアイドル的な存在だったと思う。私にとっては ”マシュー君” ていう感じ。だから今でもマシュー君と呼んでしまう。本作『レディホーク』のあとも『フェリスはある朝突然に(1986)』『飛べ!バージル!/プロジェクトX(1987)』『ファミリービジネス(1989)』と来て、その後はいつの間にか実力派俳優になっていた。『プロデューサーズ(2005)』なんかも代表作。


そして途中で合流する神父インペリアルがいい味出してる。こいつは神父のくせに、自分のところに告解に来た二人の懺悔の内容を人に漏らすという、神父ならば絶対にやってはいけないことを、あろうことかクソ司教に漏らしてしまうのだ。それで嫉妬した司教が二人に呪いをかける、という段取りになってる。

こいつが元凶。

だけどその責任をとるために、彼は彼で生涯をかけて呪いを解く方法を探し、見つけ、彼なりに命がけで二人を救おうとしている、いいやつでもある。

このフィリップとインペリアルは気が合ったみたいで、冒頭に引用したセリフに繋がっていく。私はこの会話を見た時、「そんなに行きたいもんかね」とは、思ったけど。

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しかし以前このブログでも取り上げた『ノートルダムのせむし男(1923)』のジハンといい、今作の司教といい、いかに惚れた女とはいえ、そんなやり方で手に入れて嬉しいもんかねえ。どちらも権力はある腐りきったジジイが、若く美しい女に執着して、しかも女は超分かりやすく王子様的な存在である強くて逞しい騎士に恋をして・・・って、ほとんどおんなじシチュエーション。そして卑劣極まりない手段を講じて、最期は「はいさようなら」と。 

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よくあるありふれたパターンだけど、よくあるパターンだということは、昔はよくある話だったってことでしょう(今もなのかな)。司教とお姫様まではいかなくても、地主と村娘とか、そのレベルならよくありそう。

そんなふうに手に入れて、あからさまに自分のことを愛してないのに毎日一緒に暮らせるもんなの? 嬉しいんだろうか。男の人は。毎日一緒にいれば、そのうち自分のことを好きになってもらえるとかって思うのかな。

あああ、私にはわかんないなー。男じゃないからなー。わからん。私はヤダ。悲しい。「なかなかこっちのこと好きになってくんないなー」「なんで好きになってくんないんだよ!好きになれよ!!」みたいな展開を想像して・・・ひとりでいいです。

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真面目な話(今までも真面目に書いてるけど)、この映画は個人的には好きなジャンルっていうわけでは別にない。たぶん同じこの内容で、ディズニー映画だったりしたら、わたしはおそらく見ない。「なんか嫌だな」って思う可能性がある。「めんどくさい」とか「おっくう」な感じ。だから見ない。

でもこの作品は全然そうは、思わない。今回もう30年ぶりくらいに見直したんだけど、思わなかった。

なぜか。

たぶん、”レディホーク” のイザボーが「短髪」だったからではないかと今回見て思った。この時代設定とか、シチュエーション、伯爵令嬢という人物設定で「短髪」って、普通はしない。絶対に腰くらいまであるロングだよね。お姫様なんだもん。

そういう保守的な匂いが、「なんかヤダな、めんどくさいな」と思う原因な気がする。

でもこのイザボーは、短髪だった。その短髪チョイスという選択に、なにかこう、現代的な思想とか潮流を感じて「嫌いじゃない」と思うのではないかなあ、と(このつたない文章で伝わる気がしない)。

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そしてこの映画を思う時、セットのように連想するPVがこれ。a-ha「Hunting High And Low(1985)」。a-haの曲ではこれが一番好き。物悲しくドラマティックな曲で、PVがまた大好きで。胸が熱くなって、郷愁みたいな気持ちにすらなる。ここまで読んでくれたなら、絶対に見てほしい。映画とは全く関係ないと思うんだけど・・・コンセプトが似てるでしょう。

 


a-ha - Hunting High And Low



ところでこの映画、動物に変身した後、服ってどうしてるの? 人間に戻った時って真っ裸じゃん、どうしてるの? って途中でやっぱりちょっと、思っちゃったんですけど、「まあファンタジーだからそこはご都合主義でいいよ」って思って目をつむるつもりだったのに、ナバールちゃんと服ぬいでた。しかもイザボーは明日用に服、用意してた。いやー、びっくりした。そこまで丁寧にするとは。真面目だなあ。