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割と自己流で生きています

【本】H・G・ウェルズ「宇宙戦争」とその前日譚「水晶の卵」~映画よりも原作の方が面白い~

 


題名 宇宙戦争
作者 H・G・ウェルズ
出版 創元SF文庫 ほか多数
出版年 1898年 
出版国 イギリス
ジャンル SF、古典

 

①小説「宇宙戦争」

 

「都市、国家、文明、進歩。そういったものはすべて終わりだ。勝負はついたんだ。われわれは負けたのだ」  砲兵のセリフ


19世紀末。まだ馬車がメインだった時代。上空から火星人が飛来し、人類に攻撃してくるという話。近代SFの父、H・G・ウェルズのあまりにも有名な小説。火星人といえばタコ型のイメージを決定付けた作品でもあるし、ラジオ・ドラマがパニックを引き起こしたエピソードも超有名(後述する)。


小説冒頭の書き出しがリアルかつドライで、じわっと身体に染み込んでくる。
 

「この地球が、人類よりもすぐれた知能を持ち、しかも人類と同じように生命にかぎりがある生物によって、熱心に、綿密に観察され、人類が自分たちのいろんな利害にあくせくしているとき、人間が顕微鏡でひと滴の水に群がり繁殖しているはかない生物を調べるのと、おそらくはほとんど同じように精密に、丹念に調べられ、研究されていたということを、十九世紀の末ごろ信じていたものは、おそらくひとりとしてなかったろう」


私たちはまさか今この瞬間、得体の知れない誰かが地球を観察しているなんて思わない。でもありうることではある。

今、まさに今、見られてるかも。

そして火星人が地球に向けてやってくるのだが、最初は夜空にキラッと輝く光が観測されて、翌日の同じ時刻にまたキラッと輝いて、また翌日にキラッと輝く。どうやら火星と地球が一番近づく時に宇宙船が打ち出されているのだが、それがまるでルーチンワークのように、淡々と時間通りに作業されている感じが怖い。

そして最初の光から6年後、イギリスのロンドン郊外にそれが着地する。宇宙船と言ってもただの「巨大な筒の形」で、発着陸という感じではなく打ち込まれる感じ、まるで隕石が地面にぶつかるように激突してくる感じが、戻る気が全く感じられなくて怖い。

来るだけ。

そして対話する気も全くなく、筒状の宇宙船から這い出てきて、無言でこちらを無視して淡々と武器を組み立てていく様が怖い。火星人自体の大きさは、もしかすると地球人よりも小さいかもしれないが、その彼らが組み立てる戦闘用機械が巨大かつ不自然ですごい。

三本足のアメンボのように細くて長い足で、その上に乗っている箱に火星人が搭乗していて、アームの先についた箱から熱線がほとばしるというもの。熱線だけでなく、そのうち黒い煙を吐き出して、その煙が地を這うように低く低く充満して人類を死に追いやっていく。

想像してみて。

見上げると、街を巨大な三本足のアメンボが、急ぐわけでもなく移動して、箱から熱線を出して町を焼き払い、黒い煙を出してゆっくりゆっくり這ってくるの。その巨大なアメンボの向こう側には、もう一体のアメンボがいて、海の中にもいるの。

ロンドン市民はフランスへ避難しようと港に殺到するけど、海にもちゃんとアメンボはいて、海軍の軍艦を沈めていく。熱線の熱で海からは蒸気が上がる。人類は一矢をむくいて何体か倒すけど、基本的には全く歯が立たない。

だいたい円筒が打ち込まれているのがロンドン郊外だけとは限らないと思うけど(トム・クルーズ版の映画『宇宙戦争(2005)』では、確か世界中に打ち込まれていたと思う)。


さらに火星人は植物を持ち込むのだが、それが赤い草で、地球の景色が一変していく。こわい。

私が出勤する途中のバスから見えるお宅の生け垣が真っ赤で、たぶん「ベニカナメ」という植物なのだろうと思うのだが、私にとってはこの『宇宙戦争』を思わせて怖いなあと思うのだった。赤い植物って他にもあると思うんだけど、やっぱり基本的には「植物は緑」といった先入観があるし、もしこの植物が世界中に広がっていったらと想像するとすごく怖いなあと思うのだった。



こういった状況の中を主人公の「私」は、基本的にはひとりで、途中で砲兵や牧師などと合流したり別れたりを繰り返しながら馬車や徒歩で火星人の攻撃から逃げ惑う。

この牧師があっという間に精神的に追い詰められてしまって足手まとい感が半端なく、火星人がすぐそばにいるというのに泣くはわめくわ、少ない食料を無計画に食べてしまうわで、「私」も精神的に参ってしまう。

砲兵の方はといえば、たとえ今回は負けようとも人類が絶滅することはありえない、たとえ原始的な生活にいったんは戻ってしまったとしても人類は必ず立ち上がって火星人を倒す。自分はそのための計画を持っているし、準備も怠らないのだ、といった格好いいことを言っていて、「私」もいったんは希望を持つが、ほんのしばらく彼と行動を共にしただけで、彼が口先だけの怠け者であることがわかってがっかりする。

極限状態のなかで否が応にも人間性がむき出しになったり、自分の限界を超えてしまって崩壊していく人々の中で、「私」はなんとか持ちこたえていく。



結末に関しては読んでもらうか、映画を見てもらう(原作通りに終わるので)のがいいと思うのだが、非常に現実的なあっけない結末を迎える。

この小説は今まで2回映画化されていて、ジョージ・パル制作の『宇宙戦争(1953)』とスティーヴン・スピルバーグ監督の『宇宙戦争(2005)』があるが、どちらも結末はおおむね原作通りで、私は非常に好感を持った。この結末がすごく大事なのでね。

ただ火星人の戦闘機械に関しては、ジョージ・パル制作の方は普通に円盤っていう感じで、宙に浮いて、全然三本足ではないのだった(残念)。

ちなみに映画などでは主人公に名前が当てられているけど、原作は「私は・・・」「私が・・・」と一人称で語られるので、彼の名前は出てこないのだった。そして戦闘用機械は「トライポッド(三脚)」の愛称で世界中で呼ばれているが、こちらも私が読んだ版では「戦闘機械」とだけ出てきてトライポッドとは呼ばれてはいなかった(翻訳の問題かもしれない)。


あ、『宇宙戦争』は「まんがで読破シリーズ」でも出ているので参考までに。

 
 

②ラジオ・ドラマに関して

 
H・G・ウェルズ原作の『宇宙戦争』は、最初はアメリカのラジオ・ドラマとして放送されたのだが、それがあまりにもリアリティがあったため全米中がパニックになったらしく、伝説として語り継がれている。

どのような演出だったのかというと、番組はまるで音楽番組として始まり、途中で「火星人が攻めてきていること」を臨時ニュースとして差し込み、また音楽番組に戻る、という形式。俳優にアナウンサーのような口調をまねさせ、「火星から宇宙船が発射されました」、「どこそこに着陸しました! 中から火星人が出てきます!」といった具合にニュース番組の実況中継のように流したらしい。面白そう。

でも番組冒頭などで「これはフィクションである」ときちんと説明していたらしいが、聴取者は番組開始直後は他の局をザッピングする習慣があることから、おそらくこの説明を聞かないだろうと計算していたらしいから頭いい。周到。このラジオ・ドラマ聴きたいなあ。

これを演出したのが、アメリカの伝説の怪優オーソン・ウェルズ。原作者と苗字が一緒なのは偶然。





でも「全米中がパニックになった」は言い過ぎらしくオーソン・ウェルズ自身による誇張が含まれているらしいが、実際騒動にはなったみたい。

このラジオドラマあるいは出来事について詳しく知りたい方は、レトロ・ハッカーズ・シリーズの『火星人の襲来と市民ケーン 偉大なるB級、オーソン・ウェルズ』がおすすめ。基本的には『宇宙戦争』についての書籍ではなく、あくまでもオーソン・ウェルズに関しての本だけど、中に『宇宙戦争』のラジオドラマ放送時の様子が詳しく書かれています。

Amazonのkindle(電子書籍)でしか読めないが、別にkindle を持っていなくてもスマホにAmazonの「kindleアプリ」をダウンロードすれば読めるし、短いし、100円です。


 

このレトロ・ハッカーズ・シリーズはページ数が少ないからか、わずか100円で、それにも関わらず読みごたえがあってどれも大変面白い。初期のものは特に面白いです(だんだんネタ切れ感がある)。「どこがハッカーなんだ」と思うものも多いけど、科学に興味があってマニアックな性格だったらぜひ Amazonで検索してみてほしい。本当におすすめ。


③ 前日譚『水晶の卵』のこと

 
実はこの『宇宙戦争』には前日譚と思われるものがあって、それが『水晶の卵』という短編で、ロンドンの骨董屋の男がショーケースに並べていた卵形の水晶の玉が実は火星とつながっていて、覗き込むと「向こう側が見える」という内容。『宇宙戦争』出版の前年の1897年に発表されているらしく、その内容から言って火星人が地球に攻める準備をしていると思われるところがアツい。

主人公のケーヴ氏の可哀想さは置いておいて(ほんと可哀想なの)、彼は何気なく手に入れた卵形の水晶が不思議な光を発していることに気が付いて覗き込むと、そこにはなにやら ”何か” が見える。それで夢中になってのぞいているとだんだんとはっきり見えるようになってくる。どうやらこの水晶と同じものが「向こう側」にもあって、二つの水晶がつながっていてその「どこかが」見えるらしい。そしてそれはこの地球ではないらしい。やがてその水晶から見える夜空に浮かぶ星が、地球から見える星座とおなじであることから、それが火星であることがわかる。

まだTVとかない時代だから。そういう時代に書かれたものだと思うとさらにアツい。

そしてその映像が、ブルーレイとか4Kとかそういうのじゃなくて、はっきりよく見えないところがまたアツい。

いやー、『宇宙戦争』も『水晶の卵』も、19世紀末の自動車もTVもない時代に書かれた古典SF。ノスタルジックで胸がアツくなる。

絶賛おすすめです(映画もいいけど活字で読んでほしい)。




『水晶の卵』は、このH・G・ウェルズ短編集『タイム・マシン』に収録されています。