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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「プリースト判事(1934)」ジョン・フォード監督、ウィル・ロジャース主演の人情コメディ

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題名 プリースト判事
監督 ジョン・フォード
出演 ウィル・ロジャース、トム・ブラウン、アニタ・ブラウン、フランシス・フォード、ステピン・フェチット、バートン・チャーチル
上映時間 81分
制作年 1934年
制作会社 20世紀フォックス
制作国 アメリカ
ジャンル コメディ、法廷、ドラマ、モノクロ


先日『アラバマ物語(1962)』を記事にしたとき、この『プリースト判事(1934)』もアメリカ南部が舞台だったな、と思い出したので見てみたらコメディだったのでびっくりした。シリアスかと思って見始めたので、出だしの裁判シーンで被告が寝てたから思わず笑ってしまったよ。で、「え、そういう感じ?」と思ってDVDのパッケージを改めてよくよく見たら、ちゃんと「人情コメディ」って書いてあった。コメディだったのか。

どうやらジョン・フォード監督は、40歳前後の頃にウィル・ロジャース主演でコメディ三部作を撮影しているらしく、そのうちの二本目が本作で、三本目がかなり前に記事にした『周遊する蒸気船(1935)』だったらしい。ははあ。

こうなってくると一本目も見てみたくなるのが人情というもの。調べたところそれは『Doctor Bull(1933)』という作品で、ウィル・ロジャースは腸チフスを食い止めようとする医者の役で、やはりコメディらしい。しかし残念ながら日本ではDVD化はされていなさそう。残念。

監督のジョン・フォードは三年連続でウィル・ロジャースを起用していることになるのだが、ウィル・ロジャースは『周遊する蒸気船』の撮影後にもう一本撮ったあと飛行機事故で亡くなっているし、日本では(おそらく)『周遊する~』と、この『プリースト判事』くらいしかDVD化されていないから、日本においてウィル・ロジャース・ファンが果たして何人いるか知らないが、ファンとしては「ジョン・フォードありがとう」という感じ。


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ウィル・ロジャースは日本で話題になるようなスターではないけれど、30年代のアメリカでは物凄く人気のある俳優だったらしい。映画を見ると、たしかに古き良きアメリカを体現しているような、素朴な人間味あふれる善良な人という感じで、いかにも「アメリカの良心」といったたたずまい。人気があるというのもうなずける。

今回の役も『周遊する~』に引き続き、人情あふれる「田舎のおじさん」という感じでよかった。この感じがきっとウィル・ロジャースなんだろう。

甥っ子のジェロームの恋路を応援していて、エリー・メイに声をかけにくくているジェロームのために、ゲートボールの球をわざとエリー・メイの足元に打ち込んで「あの玉まで何歩あるか数えてこい」と言ったり、エリー・メイを口説こうとするフレムを追い払おうと一人二役をやってフレムを騙したり、お祭りでも「キャンディー引き」のイベント(水あめを練って伸ばして長さを競うのかな?)にかこつけて二人をくっつけようとしたり、思いやりがあってなにかと面倒見が良い。

自分は妻と子供に先立たれているらしく、上手くいきそうなジェロームとエリー・メイの姿を見て、自分の若い頃と亡き妻を想い、写真に向かって話しかけるところもじんわりする。そしてそのままお墓まで行って、改めて話を続けてる。

田舎っぽいけどカッコいいおじさんで、私はウィル・ロジャース、好きだなあ。


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****** あらすじ ******
ウィル・ロジャース演じるケンタッキーの素朴な田舎判事プリーストの甥っ子ジェロームが、北部で弁護士資格を取得してケンタッキーに戻ってきたところから物語は始まる。

ジェロームはプリースト判事の隣に住むエリー・メイが好きで、エリー・メイもジェロームのことが好きだ。ところがジェロームの母親は、エリー・メイが父親もわからないような孤児であることが全く気に入らない。由緒正しい我がプリースト家にはふさわしくないというのだ。プリースト判事は何かにつけて二人をくっつけようとするが、プライドの高い母親は聞く耳を持たない。

そんなある日、プリースト判事が髭をそってもらおうと床屋に行くと、エリー・メイを口説いている床屋のフレムが店の前を通りかかった彼女のことを「父親のいない娘なんて」と発言。思わず頭にきたプリースト判事だったが、なぜか先にフレムを殴りつけたのは町で最も愛想のない男ギリスだった。

その翌日、ギリスとフレムの間で暴行事件が起こる。バーでギリスと居合わせたフレムとその仲間たちがギリスに仕返しをしようと襲ったところ、ギリスはたまたま持っていたナイフでフレムを傷つけてしまったのだ。

ギリスは自分の弁護をジェロームに依頼。ジェロームは初仕事に大喜びで浮かれていた。ところが裁判当日、プリーストと裁判官の椅子を争うライバルのメイデュー上院議員が、事件の発端である床屋での喧嘩にプリーストが居合わせており、しかもギリスに見方をしていたことを指摘し、本裁判には裁判官としてふさわしくないと告発。プリーストは裁判官を降りる羽目になる。そのうえ多くを語ろうとしないギリスにとって裁判は不利な状況にすすんでいく。

そんななか、プリースト判事の元へ町の牧師が訪ねてくる。自分はギリスの過去を知っている、それをぜひ証言したいと言うのだ。話を聞いたプリースト判事は、ジェロームの共同弁護人として裁判に復帰する。そして牧師の口から知られざるギリスの過去と真実が語られるのであった。
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・・・と、ストーリーを書くとなかなかシリアスそうな話に聞こえるが、冒頭にも書いた通りコメディなのだった。

『周遊する蒸気船』を先に見ていた私にとってのマニアックな見所は、『周遊する~』に出ていたフランシス・フォードとステピン・フェチット、バートン・チャーチルが、こちら側にも出ていたこと。


フランシス・フォードは監督ジョン・フォードのお兄さんだそうで、前作では飲んだくれの役、今作も飲んでいたけど、どちらかというと ”噛み煙草飲み” としての面が強調されていた。噛み煙草をくちゃくちゃやって唾(ヤニ)を吐くんだけど、そのヤニを吐くための「痰ツボ」探しをしてばっかりいる役(笑) 裁判には陪審員としても顔を出していたけど、でも結局は痰ツボに向かってヤニを吐いているだけww いずれにしてもちゃらんぽらんな感じ。他の作品を見たことがないので分からないのだが、こういう飄々とした役が持ち味だったのかな。


そしてプリースト判事の黒人の使用人、ジェフ役のステピン・フェチット。彼はちょっと(だいぶ?)頭の弱い黒人役で、『周遊する~』でも同様の頭の足りない役をやっていたけど・・・彼もこういう役が十八番だったのかなあ。ビシッとした役もやらせてもらえてるといいんだけど。常にこういう役しかやらせてもらえてなかったとしたら・・・やだなあ。「差別かしら」と思っちゃう (思いたくない)。この時代の映画を見続けていたら、いつか他の映画でも出会えるかしら。その時はキリッとした役を演じているところをお目にかかりたいなあ。


さらに続けてプリーストのライバル、メイデュー上院議員役のバートン・チャーチル。彼は『周遊する~』では私のお気に入りのニュー・モーセ役で出ていた人。今回は自分からは全然笑わせない役だったけど、『周遊する~』ではニュー・モーセとか名乗って信者を集める宗教家で、最終的には本音が出ちゃうという役で好きだった役柄。


こうしてみるとキャストが丸被り。仲間内なのかなあ。気が付かないだけで他にもいたのかも。

本来私はあんまり俳優や制作陣が極端にファミリー化していく作風(三谷幸喜とか)が好きではないけど(ベタベタしていて気持ちが悪いと思う。面倒くさい)、この二作品に関して言えば不愉快さはなかった。今のところ見ているのが二作品だけだからだと思うが、たぶんこの作品群で「認められよう」とか「ヒットさせて名を上げよう」みたいな邪心が、作品から全く感じられないからかも。ただただ映画が好きで、楽しくってしょうがないみたいな、そんな軽さと無邪気さを感じる映画だった。

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そして今回の新しい収穫は、やっぱりプリースト判事の家で雇われている黒人家政婦ディルジーかな。陽気で明るくて、登場シーンでは常に歌を歌っていて、すごく歌が上手いの。黒人の人、それも太った女性だと余計に「陽気で明るい」というイメージがあるけど、そのイメージ通りドンピシャな描かれ方。「太った黒人女性=陽気」という意味ではステロタイプと言ってもいいのかな。・・・小錦に似てるんだよね・・・目が大きくてギョロっとしていて、それをさらに「ぎょろぎょろ」と強調する様なんかも小錦そっくり。かわいい。

なんとなく、アメリカ南部で、しかも昔だと、そりゃあもう悲惨な黒人差別が繰り広げられていたのではないかと思うのだけれど、せめてフィクションの中だけでも楽しそうな姿を見ると救われます。「気丈にふるまってくれてありがとう」とか思っちゃう (って別に私は白人でもアメリカ人でもなんでもないのだが)。


ところで余談だけど、黒人は全員「歌が上手い」とか「運動神経がいい」ようになんとなく感じるのは何なんでしょうかね。

80年代にフローレンス・ジョイナーという黒人の100m選手がいて、彼女はオリンピックでぶっちぎりの速さで世界記録をたたき出したのだけれど(そしてドーピングが疑われて、はっきりしないうちに若くして急死したのだけれど)、そのジョイナーと旦那さんが当時の大人気音楽番組「夜のヒットスタジオ」に出て、歌手でもないのにデュエットをしたことがあった(曲は知らないがそれはどうでもいい)。

その時の衝撃ったらなかった。理由は、旦那さんが歌がドヘタだったから。

当時大変話題になったものだけど、その衝撃の原因は、日本人がみな「黒人は全員歌が上手い」と思い込んでいたことにあった!(笑)あんなに歌が下手な黒人がいるなんて! 目を見張る、いや、耳を疑う出来事だったよw いやーインパクトあったなー。なつかしい。

「黒人でも音痴がいる」「ということは運痴もいるはず」と勉強になりました。あの頃はね、まだ外国人が珍しかったからね。


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-閑話休題-

余談はさておき、映画の方は冒頭から終始軽めのタッチで描きつつ、シリアスになりそうなところもシリアスになりすぎないようにちょいちょいコメディリリーフを配置して、最後にわーーーっと一気にスピードアップしてハッピーエンド化していくという展開。

この最後に向けて「うわーっ」と盛り上がって、細かいことにこだわらずに一気に勢いで終わらせるのも、やっぱり『周遊する蒸気船』と同じ。でも、『周遊する蒸気船』の方が洗練されていると思った。

『プリースト判事』の方は親と子の自立の問題とか、孤児として生まれた境遇と差別とか、人を刺してしまうとか、戦争とか、多少重めのテーマを扱っているから、そういういろいろ重要なことを置き去りにして、ぜんぶウヤムヤのまま、勢いだけで急速にハッピーエンドに向かっていくというのがちょっと気になったかな。

たとえば、ギリスは南北戦争のヒーローかもしれないし、フレムはイヤな奴かもしれないけど(だって「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ」って笑うんですよ!)、でも刺したことは刺したのに「わーっ、ヒーローだ!英雄だ!」で盛り上がってその辺はスルーしちゃうし、ジェロームと母親、恋人のエリー・メイの確執も「えーw その一言で片づけたかーww」と思った。ちゃんと真面目に考えればむちゃくちゃな展開。

でも『周遊する蒸気船』の方は蒸気船レースが最大の見せ場という完全娯楽作として作られていたので、全然そういう引っ掛かりがなく、気楽にうまく収集されていたと思う。

でもまあこの作品も、「細かいこと言わないでね」「難しく考えないでね」というスタンスで制作されているんだろうから・・・まあいっかなあ。


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