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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「バルカン超特急(1938)」ヒッチコック、イギリス時代の傑作

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題名 バルカン超特急
監督 アルフレッド・ヒッチコック
出演 マーガレット・ロックウッド、マイケル・レッドグレイヴ、ポール・ルーカス、メイ・ウィッティ、ノウントン・ウェイン、ベイジル・ラドフォード
上映時間 98分
制作年 1938年
制作国 イギリス
ジャンル サスペンス、モノクロ、密室


本作よりずっと後の作品だが、あきらかに『バニーレークは行方不明(1965)』『フライトプラン(2005)』に影響を与えていると思われる作品で、かつ水野晴郎のあの迷作『シベリア超特急(1996)』の元ネタw(質がはるかに低くて似ても似つかない、ヒッチコックに失敬すぎる出来だったが)。

****** あらすじ ******
ヨーロッパの架空の国バンドリカ。春先のなだれで列車が止まり、観光客たちはみな帰国できずにホテルに足止めされてしまう。ホテル側は想定外の大勢の客の対応におおわらわ、客たちも行き届かないサービスに怒り心頭だ。そんな騒ぎの中、来週には結婚を控え、最後の独身旅行を楽しみに来ていたアイリスは、長年バンドリカで家庭教師をしてきた老女フロイや、民族舞踊の研究でバンドリカに来ていたギルバートたちと知り合う。その頃、ホテルの外で歌っていた流しの歌手が密かに絞殺されていた。

翌日英国に向けての列車に乗り込む観光客たち。フロイと一緒にいたアイリスの頭に、何者かがベランダから故意に落とした植木鉢が当たってしまう。フロイはアイリスを連れ一緒のコンパートメントに乗り込む。二人は一緒に食堂車でお茶を楽しんだあと、アイリスがコンパートメントでうとうとして目が覚めると、フロイの姿が消えていた。同じコンパートメントの他の乗客にフロイのことを尋ねると、みな一様に「そんな女性は知らない。あなたはひとりだった」と言う。アイリスはホテルで知り合ったギルバートの協力を得て他の乗客にもあたってみるが、誰も彼もが「そんな老女は見ていない」と回答する。おまけに乗客のひとりであるハーツ医師には頭を打ったことが原因の妄想だと言われてしまう。すると同じコンパートメントの乗客が「お友達が戻ってきた」と言う。早速会いに行くと、彼女はフロイと同じ服装をした、クーマーと名乗る全くの別人だった。
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構成が面白いなと思ったのは、主役は失踪する老婦人フロイ、そして彼女を探すアイリスとギルバートの三人であることは明らかなのに、映画開始から最後まで一貫してスポットがあたっているのが、脇役でしかない英国男性二人組のチャータースとカルディコットのふたりというところ。

このふたりが真面目な顔でとぼけていて可愛い。

バンドリカ国から一刻も早く英国に帰りたいんだけど、その理由が「クリケットの試合結果が気になって仕方ないから」というもので、雪崩で足止めを食らったホテルでは、偶然ホテルにかかってきた他人あてのロンドンからの電話に勝手に出てクリケットの試合結果を聞いたりして。

おまけにホテルでは部屋が取れずメイド部屋をあてがわれたのはまあいいとしても、そのメイドがちょっと男好きのする感じの女性で、しかも無防備ということで、二人に明け渡した自分の部屋にちょくちょく出入りしては、帽子を探したり片付けに来たり、しまいには着替えだしたりして、二人は一向に落ち着かなくてそわそわしていたりするのも可愛いの。

ひとつしかない小さなベッドに二人並んで横になって新聞を読んでいたりするんだけど、ホモっぽくは全然なくて、ふたりの妙に真面目な顔がじわる。

映画の最初から最後までこの調子で登場して、最後の方は活躍して見せ場も作るし(ピストルで手を撃たれても、表情一つ変えずに淡々としているところも好き)、このふたりを見るだけでも楽しい映画。私はマイケル・ケイン似のチャータースが好きだった。

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この映画のミソは、走る列車という一種の密室で老婦人フロイが失踪し、しかも誰もが口裏を合わせているかのように「そんな女性はいなかった」と証言するというところ。たったひとり老婦人の存在を確信している若きヒロイン、アイリスの正気まで疑われてしまう。

フロイを「知らない」と証言する人たちの中には、強い意志を持って「いなかったことにしよう」とする勢力と、別に彼女を抹殺する理由は全くないが、さまざまな事情から事なかれ主義に陥り「知らない」と答える人々と二種類の人たちがいて、まあ言ってしまえば ”偶然” そして ”全員が” フロイはいなかったと証言することになる。

アイリスはそのあおりを受けて「頭を打ったアイリスの妄想」として扱われてしまう。

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比較として、当ブログでも過去にとりあげた『バニー・レークは行方不明』の方は、ヒッチコックがこの『バルカン超特急』で見せた「いたのにいないことにされる」というアイディアをもう一歩進めて、人間の実存が疑われる恐怖を描いていた。焦点の女の子バニーをカメラが映さないことで、観客たちまでもが「ほんとうにバニーはいるんだろうか」「母親の妄想なのではないか」と疑うように出来ているところがサスペンスフルで怖かったわけだ。

しかし本作はヒッチコックのユーモアたっぷりなサスペンス映画だから、そんなふうに実存が疑われる恐怖を描こうというような、哲学的かつシリアスな映画としては制作していない。老婦人フロイがいたことは明らかなので、観客は誰もフロイの実在を疑ったりはしない。だからアイリスの正気も誰も疑わない。あくまでも「謎」に焦点をあてた軽めの娯楽作で、そこがヒッチコックらしくて楽しい。

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あとフロイ役のメイ・ウィッティ、どこかで見たことがある・・・と思ったら、以前取り上げた『ガス燈(1944)』で、近所に住む詮索好きな老婦人を演じていた女優さんだった。ちょい役ながらすごくいい味を出していた。

この『ガス燈』も、『バニー・レークは行方不明』の「娘はいるのにいないと言われてしまって、いることを証明できそうもない恐怖」をさらに進めて「自分で自分を信じられなくなる恐怖」をテーマにしていて共通点があるのだった。実存がテーマっていうのかしら。

怖さという点では『バルカン超特急』(全然怖くはない)< 『バニー・レークは行方不明』(怖い)< 『ガス燈』(超怖い) という感じ。

これら三作は、かなりおすすめです。