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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「恐竜100万年(1966)」肉体派女優ラクエル・ウェルチをスターダムに押し上げた作品

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題名 恐竜100万年
監督 ドン・チャフィ
特撮 レイ・ハリーハウゼン
出演 ラクエル・ウェルチ、ジョン・リチャードソン
上映時間 105分
制作年 1966年
制作会社 ハマー・フィルム・プロダクションズ
制作国 アメリカ
ジャンル アドベンチャー、恐竜


これは『ジュラシック・パーク』シリーズなどの原点ともいえる作品。『紀元前百万年(1940)』のリメイクでもある(題名はこっちが正しい)。

見どころは、ラクエル・ウェルチの引き締まった肢体と、レイ・ハリーハウゼンのストップ・モーション・アニメーション。二人にとっての代表作ともいえる一作。


****** おはなし ******
紀元前100万年前。主人公トマクらの部族はまだ言語を獲得しておらず、毛皮をまとい、獲物を狩り、洞穴で暮らしていた。ある日、部族長である父アクホバが落とし穴に落として獲得したイノシシを巡って兄サカナと争ったトマクは、アクホバの怒りをかって追い出されてしまう。はぐれ原始人となったトマクはひとり荒野をさまよい、途中オオトカゲに襲われるなどし、命からがら海岸近くまでたどり着く。そこにはトマクの部族よりはるかに文明度の高い金髪の部族、シェル族がいた。

シェル族の美女ロアナに惚れられたトマクはシェル族に保護され、今まで知ることのなかった技術や文化に接する。投槍を知り、魚とりや泳ぎを教わり、農耕を知り、さらには「飾ること」「笑うこと」も知る。しかし兄や父アクホバとの確執があるトマクはシェル族の武器を盗もうとし、シェル族の怒りをかってしまう。シェル族の集落から出ていくトマク。ロアナはそんなトマクと行動を共にすることを決める。

恐竜同士の争いに巻き込まれながらも、トマクとロアナはアクホバの部族へ帰還する。するとアクホバはサカナに殺され、サカナが族長となっていた。トマクとサカナは争いをはじめ、サカナを打ち負かしたトマクは部族の新しい長となる。しかし二人の間の確執はやまず、再びサカナの反逆が始まる。すると火山が爆発し、大地は割れ、大勢の仲間たちが呑み込まれてしまう。トマクとロアナは残された人々とともに過酷な大地に残されるのだった。
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いやー、知っていたとはいえラクエル・ウェルチの「ダイナマイト・ボディ」は改めてすごい。とにかく凹凸(おうとつ)がすごい。正確には上から凸凹凸(でこぼこでこ)の順。そしてその肉体を皮のビキニで包んでいて格好いい。

時代設定が原始時代だから、このスタイルで「本能に忠実、なのに一途」みたいなキャラクターなのも男性陣にとっては堪らないんじゃないかな。

彼女はこの一作で、一躍セックス・シンボルに躍り出たらしい。でしょうねえ。


「うーん、ラクエル・ウェルチ・・・知らない」という方も多いと思うけど、あの名作『ショーシャンクの空に(1994)』で、主役のアンディ・デュフレーンの独房に貼ってあるポスターの最後のポスターがこの『恐竜100万年』の時のラクエル・ウェルチだった(マリリン・モンローからバトンタッチしている)。アンディはこのラクエル・ウェルチの向こう側へ消えていき、所長はラクエル・ウェルチに穴をあけるわけ。

という具合にラクエル・ウェルチは時代を象徴する映画界のスターだけど、当時の日本男性にはそんなに大人気ではなかったんだと思う。日本人の感覚からいうと、ちょっと肉食系すぎてちと怖い、と。当時はマリリン・モンローですらちょっと敬遠されていた時代だから、ラクエル・ウェルチは尚のこと敬遠されただろうことは想像に難くない(ちなみに50~60年代の日本での一番人気はオードリー・ヘップバーン)。


今風に言えば、怖いときのビヨンセみたいな。衣装もデスチャの曲「サバイバー」っぽい。この映画のラクエル・ウェルチがモチーフかもね(ラクエル・ウェルチ風衣装は1’15くらいから)。


これはラクエル・ウェルチ ☟

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ビヨンセはこっち ☟


Destiny's Child - Survivor (Official Music Video) ft. Da Brat


・・・さてここからは本作のメイン、レイ・ハリーハウゼンの特撮について。

このお方は特撮&ストップ・モーション・アニメーション界では極めて有名で、後世に多大な影響を与えてる。前に一作くらいは紹介したかな?と思ったが、当ブログで作品を紹介するのはこれが初めてだった。

ストップ・モーション・アニメーションといえば、人が入った着ぐるみではなくて、人形とか紙などの”物体”を、ちょっとずつちょっとずつ動かして一コマ一コマ撮影し、あたかも生きているように見せる手法のこと。『ひつじのショーン』『ウォレスとグルミット』のようなクレイ・アニメ(粘土を動かす系)や、『チェブラーシカ』のような人形を動かす系など名作も多い。


そういった人形(フィギュア的な)を使ったストップ・モーション・アニメーションの中でも、怪獣系では横に並ぶ者がいないのがレイ・ハリーハウゼン。

今作では、「ブロントサウルス」とか「ステゴザウルス」とか「ティラノサウルス(?)」とか「プテラノドン」とか、たくさんの恐竜が出てくる。これらがラリーハウゼンぽさ満載の「カクカク」した動きで、動いたり闘ったり飛んだりして楽しませてくれる。

今回の作品では恐竜が原始人をさらうところ、中でもロアナがプテラノドンに捕まっちゃって巣に運ばれ、ヒナの餌になりそうになるところがユーモラスですらあって良かった。あとはステゴザウルスとティラノザウルスの闘いのシーンも見ごたえ十分。倒れた恐竜にアップになったりもするけど、ちゃんと腹式呼吸していてお腹が上下するあたりなんて手が込んでいる。死んだことにして人形を転がしているだけでもよさそうなのに・・・オタクの鏡だなあ。

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現在のストップ・モーション・アニメはすごく滑らかな動きをするものだけど、ハリーハウゼンは動きが飛んで「カクカク」した感じがする。

たぶん撮影するときにちょっとずつ人形を動かす幅が大きいからなのだろうが、その動きが飛ぶ感じが「レイ・ハリーハウゼン節」なのね。見ると「ああ、ハリーハウゼンだな。らしいな」って思う。


ストップ・モーション系以外では「トカゲ (イグアナ?)」と「蜘蛛」が実写を巨大に引き延ばして合成で登場。これは合成だからカクカクはしていない。

ハリーハウゼンは『アルゴ探検隊の大冒険(1963)』とか『シンドバッド七回目の航海(1958)』に始まるシンドハッド・シリーズとか、いくつかは見ているので、機会があったらまた取り上げたいな。


他のストップ・モーション・アニメ系のクリエイターで今のところ当ブログで紹介済なのは、ジョージ・パルの『タイム・マシン(1960)』だけ。タイム・マシンが未来へ旅立つシーンで、時計の針がくるくる回り始めたり、ろうそくがみるみる短くなっていったり、太陽がぐるぐる回って花が咲いて散ってと、刻々と時間が経っていく様子をストップ・モーション・アニメで見せている。この場面はSF史上に残る名シーンなので必見。このシーンだけでも見る価値がある。

ほかにもカレル・ゼマンという素晴らしいクリエーターがいて、これもそのうち紹介するつもり。

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とまあ、ラクエル・ウェルチの肉体美と、ハリーハウゼンの特撮の話ばかり書いてしまったが、物語も結構楽しい。

トマクたちはまだまだ文明と言える水準に達していなくて、棒で殴ったり、落とし穴を作ったりする程度だけれど、ロアナたちの金髪部族の方は矢じりを作って投槍を制作したり、洞穴に住んでいるのは同じだけれど壁画を制作していたり、ネックレスで自分を飾ったりと、かなり文化的な生活を送っているのだ。

そんな中にやってきたトマクだけど、ロアナは怪我をしたトマクに母性本能をくすぐられたのか一目惚れみたいになって、健気に尽くそうとする。そのおかげで文明や文化が伝播していくのだった。実際の原始人たちがどうだったのかは知る由もないが、わりとありそうなことに思われる。

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しかしトマクやアクホバの一族は見るからに臭そう(笑)最初に出てくる原始人のわざとらしく取ってつけたような胸毛や足毛も臭そう(ウハー)。

ロアナ達は皮をなめしているし、海や池に入って泳いだりしているからそれほど汚らしくないが、トマクたちは泳ぎを知らなかったみたいなので、水浴びすらしたことがなさそう。全員臭ければ臭いことにはならないかもしれないが、これはキビシイ(泣)


さらに余談で恐縮だが、原始人たちが「言語を獲得していない」という設定なのでセリフがなく、ちょっと名前を呼ぶくらいだから、ある意味ではサイレント映画といっていいんじゃないか。こうなってくるとあの天才、広川太一郎の吹き替えでやったらさぞかし軽めの爆笑コメディになったろうな。しかしながら広川太一郎はこの映画の吹き替えはしていないので、永遠に叶わぬ願いなのでした。残念。





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