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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「救命艇(1944)」これも一種の密室劇。ヒッチコック監督作品。

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題名 救命艇
監督 アルフレッド・ヒッチコック
脚本 ジョー・スワーリング
原作 ジョン・スタインベック
出演 タルーラ・バンクヘッド、ジョン・ホディアク、ウォルター・スレザック
上映時間 97分
制作年 1944年
制作国 アメリカ
ジャンル ドラマ、サバイバル、密室、モノクロ


【登場人物】
コニー(タルーラ・バンクヘッド)・・・女性ジャーナリスト
コバック(ジョン・ホディアク)・・・客船の機関士。女のイニシャルの刺青をたくさん入れている。
ガス(ウィリアム・ベンディックス)・・・船員でダンサー。ロージーというダンサーの恋人だけが希望。
リット(ヘンリー・ハル)・・・金持ち 
アリス(メアリー・アンダーソン)・・・看護師。妻子ある男性と恋仲になって悩んでいる。
スタンリー(ヒューム・クローニン)・・・客船の通信士。
ヒギンス夫人(ヘザー・エンジェル)・・・子供を失った母親。
ジョー(カナダ・リー)・・・黒人水夫。
ウィリー(ウォルター・スレザック)・・・ドイツ兵。実は英語ができる。


******あらすじ ******
第二次世界大戦中の大西洋上。民間の客船がドイツ軍のUボートに撃沈される。乗客の中で生き残った8人は小さな救命ボートでの生存を余儀なくされる。と、そこへ生き残りがもう一人乗り込んでくる。なんとそれは彼らを沈めた敵国ドイツ軍のUボート乗組員だった。敵味方が乗り合わせる救命ボートで、彼らは生存をかけバミューダへ向けてボートを漕ぎ始める。
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大西洋上のボートの上だけでドラマが繰り広げられる一種の密室劇であり、サバイバル映画であり、サスペンス映画でもある。

最初は多少積んであった水やクラッカーなどの食料も大嵐に見舞われてすべて流されてしまうし、乗り合わせたドイツ軍人は敵国の兵士であるうえに英語ができず、意思の疎通を図ることが困難で全く信用できない。

かといって疑心暗鬼になって殺しあったり、「メデューズ号の筏」のような凄惨な事態に発展したりするようなエグい作品にはなっていない。ではいつものヒッチコックらしく、ユーモアたっぷりでサスペンスなのにほっこりする、みたいな出来になっているかといえば、なっていない。いたってシリアス。

様々なバックボーンを持った9人の男女が小さなボートで何日も海の上を漂流する、しかも一人は敵国の軍人とくれば、いろいろな軋轢を生むと思う。この映画でも軋轢の種らしきものはいくつも出てくる。だけどあんまり火がつかず、「つくかな?つくかな?・・・(立ち消え)」みたいに、さらっとしてしまう。

そのあたりが今回に関してはやや物足りなさを感じた。別に殺しあってほしかったわけではない(誤解なきよう)。でも、シリアスにするならもう少しズシンときて魂をえぐられる感じにするか、逆にいつも通りもっとユーモラスに振るか、どっちかに寄せてほしかった。

ハラハラドキドキもしない、衝撃もない、笑えもしない、ほっこりもしない。ヒッチコック映画としては中途半端な不発弾だと思った。

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とはいえ、主演級のコニーの人物像と、そのコニーを演じているタルーラ・バンクヘッドは良かった。

映画冒頭でコニーはたったひとりで救命ボートに乗って登場する。

彼女は上昇志向の強そうな女性ジャーナリストで、「船がドイツ軍のUボートに撃沈された!」となればすぐにミンクの毛皮を着こんでタイプライターやブランデーなど身の回りの大切なものを持ち出し、早速甲板に出て被害の状況や避難活動をする水夫たちの撮影に奔走。そして黒人水夫ジョーの助けで救命ボートに乗り込めたという設定らしい。

らしいけど、この状況で、たったひとりぽつんと救命ボートに乗っているって不思議。他の人は? どういうシチュエーション?

でも「この女には何か裏があるのでは!」と深読みしても、たぶん衝撃的な裏設定はないと思う。ただ単に「たったひとり美女が救命ボートに乗って漂っている。そこへ次々とびしょ濡れの生存者が乗り込んでくる。乗り込んでくるたびに自己紹介が始まる」という、映画の段取り的な事情だけだろうな。

そして彼女は一人目の生存者コバックが登場すると、早速「いい絵が撮れる!」とばかりにカメラを回す。哺乳瓶が流れてくる。カメラを回そうとする。乳飲み子を抱えた母子が助けられる。カメラを! という感じ。

登場人物のひとりでダンサーらしいガスは右足を失って、たぶん一番大事なものを失ったキャストなんだけど、それよりもいろいろな物を失い続けるコニーの方が興味深い。登場するや否やストッキングが破け(女性らしさの象徴)、カメラを失い(職業の象徴)、ミンクのコートを失い(富の象徴)、タイプライターを失い(知性の象徴)、最後はカルティエのダイヤのブレスレットを失う(希望の象徴)。

このカルティエのブレスレットは、貧しかった若かりしコニーが手に入れ、ずっと大切にしてきた未来への夢と希望のお守りだった。それをコニーは最後に失うのだが、実はこの行為が、漂流して希望を失いかけたボートの仲間たちに希望を与えることになるのだ。

自分の夢と希望の象徴を犠牲にして、仲間たちに希望を与えることになるコニー。苦労人で、大人で、現実的で、美人で、強くて、皮肉っぽくて、でもユーモアもあって、どこか可愛らしい魅力的な役と女優さんだった。

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ところで特撮の話も。この映画は最初から最後まで海の上のボートだけが舞台なのだが、実際の撮影はプールと「スクリーン・プロセス」で撮影されている。このDVDにはメイキングがついていて、50年代くらいまでの映画ではお馴染みの、その「スクリーン・プロセス」とで撮影している様子が収められている。

簡単に言えば、スタジオに大きなスクリーンを張って、向こう側からスクリーンの裏側に風景などの映像をあてて映しておき、スクリーンの手前で俳優がその映像を背景に演技をする(ちゃんと説明できてるかな)。

50年代くらいまでの映画だと、車を運転するシーンなどでよく使われていて、いかにもロケしていない雰囲気が逆に「古き良きアメリカ映画」っていうノスタルジーを感じさせるのだけど、この『救命艇』ではどこがスクリーン・プロセスかどうか気が付かないくらい自然だった。こんなシチュエーションだからロケしているわけはないのだが、映像的に不自然さや安っぽさが全く感じられなくて感心した。

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このシーンは・・・

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こんな感じに撮る


ちょっと驚きが無くて脚本が物足りなかったけど、登場人物たちと撮影方法、カット割りなどはさすがヒッチコックっていう感じで、軽めに楽しめる作品ではあるな、という感想。

あ、最後に捕捉を付け加えておこう。


捕捉:メデューズ号の筏・・・1816年にフランスのメデューズ号が難破し、間に合わせの筏に乗って漂流した147人の男女が殺し合って、お互いを食べる人肉食いが行われた実際の事件。147人中、生き残ったのがわずか15人で、しかもたったの13日間の間の出来事だった。ジェリコーの絵画が有名。

ちなみにこの事件の三年前に日本の督乗丸が漂流した時は13人が漂流するが、484日間も漂流し続け、3人が生き残り、しかも人肉食など行われなかった。


今回はこれで。じゃねー。

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ジェリコー『メデューズ号の筏』ルーブル美術館所蔵