おすすめ度 ★★★
題名 救命艇(原題:Lifeboat)
監督 アルフレッド・ヒッチコック
脚本 ジョー・スワーリング
原作 ジョン・スタインベック
出演 タルーラ・バンクヘッド、ジョン・ホディアク、ウォルター・スレザック
上映時間 97分
制作年 1944年
制作国 アメリカ
ジャンル ドラマ、サバイバル、密室、モノクロ
登場人物
コニー(タルーラ・バンクヘッド)・・・女性ジャーナリスト
コバック(ジョン・ホディアク)・・・客船の機関士。女のイニシャルの刺青をたくさん入れている。
ガス(ウィリアム・ベンディックス)・・・ユダヤ系。船員でダンサー。ロージーというダンサーの恋人だけが希望。
リット(ヘンリー・ハル)・・・金持ち
アリス(メアリー・アンダーソン)・・・看護師。妻子ある男性と恋仲になって悩んでいる。
スタンリー(ヒューム・クローニン)・・・客船の通信士。
ヒギンス夫人(ヘザー・エンジェル)・・・子供を失った母親。
ジョー(カナダ・リー)・・・黒人水夫。
ウィリー(ウォルター・スレザック)・・・ドイツ兵。実は英語ができる。
By unknown (20th Century Fox) - Doctor Macro, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=23903778
あらすじ
第二次世界大戦中の大西洋上。民間の客船がドイツ軍のUボートに撃沈され、生き残った8人は小さな救命ボートでの生存を余儀なくされる。と、そこへ生き残りがもう一人乗り込んでくる。なんとそれは彼らを沈めた敵国ドイツ軍のUボート乗組員だった。
敵味方が乗り合わせる救命ボートで、彼らは生存をかけバミューダへ向けてボートを漕ぎ始める。子供を亡くし錯乱する女、足を切断するダンサー、嵐など、次々と訪れる困難の中、彼らは漂流し続ける。
作品の概要
この映画はアルフレッド・ヒッチコック監督の渡米後7作目の作品で、大西洋上のボートの上だけでドラマが繰り広げられる一種の密室劇であり、サバイバル映画であり、サスペンス映画でもある。
多少は積んであった水やクラッカーなどの食料も嵐に見舞われてすべて流されてしまうし、乗り合わせたドイツ軍人は英語が出来ないので意思の疎通ができないだけでなく、敵国の兵士なので全く信用できない。
しかも小さなボートの上で8人がひしめき合い、プライバシーなどという生ぬるいことは望むべくもなく、極めてストレスフルな環境で、何日も生き延びなければならない。
水はないわ食べ物はないわ、得体のしれない敵国兵士はいるわ、風呂には入れないわ、狭くてプライバシーはないわ、いつ終わるか分からないわ、って状況はかなり過酷。
でもこの映画は、そんな状況だからといって疑心暗鬼になって殺しあったり、「メデューズ号の筏」のような凄惨な事態に発展したりするようなエグい展開にはならない(ほんのちょっとだけなるけど)。
音楽と、映画手法「スクリーンプロセス」のこと
めずらしいことに、この映画には音楽がない。劇中で笛を吹いたり歌を歌ったりしているが、いわゆるサウンドトラックがない。音楽が全く流れない映画はなくはないけど、結構めずらしい(確か『家族ゲーム(1983)』は音楽がなかったように記憶している)。
ヒッチコックは「海上で音楽が流れるかい?」と言っていたらしいから、リアリティというやつでしょう。
そしてかなりのシーンを水の上で撮影していない。
この映画は最初から最後まで海の上のボートだけが舞台なのだが、一部のシーンはプール上で撮影されているけど、ほとんどのシーンは「スクリーン・プロセス」で撮影されている。
50年代くらいまでの映画ではお馴染みの「スクリーン・プロセス」だけれど、この映画程効果的に使用されている映画はないんじゃないかな。
私が持っているDVDにはメイキングがついていて「スクリーン・プロセス」で撮影している様子が収められている。
簡単に言えば、スタジオに大きなスクリーンを張って、スクリーンの向こう側からスクリーンの裏側に風景などの映像をあてて映しておき、スクリーンの手前で俳優がその映像を背景に演技をする(ちゃんと説明できてるかな)。
👇 スクリーン・プロセス(リアプロジェクション)
By Wikiwikiyarou - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=12493121
50年代くらいまでの映画だと、車を運転するシーンなどでよく使われていて、いかにもロケしていない雰囲気が逆に「古き良きアメリカ映画」っていうノスタルジーを感じさせるのだけど、この『救命艇』ではどこがスクリーン・プロセスかどうか気が付かせないくらい自然だった。
こんなシチュエーションだからロケしているわけはないのだが、映像に不自然さや安っぽさが全く感じられなくてとても感心した。この映画の見どころのひとつだと思う。
登場人物と俳優の事
スクリーンプロセスの秀逸さとか、ワンシチュエーション物としてだけでも十分面白い映画だけど、それをけん引していたのが俳優陣であることは間違いないと思う。
コニーと、それを演じたタルーラ・バンクヘッドのこと
まず、主演級のコニーの人物像がユニークだったし、そのコニーを演じているタルーラ・バンクヘッドが「大人の女代表」って感じで格好良くてとても良かった。渋い。
👇 タルーラ・バンクヘッドさん(映画よりも少し若いけど)
映画冒頭でコニーはたったひとりで救命ボートに乗って登場する。
彼女は上昇志向の強そうな女性ジャーナリストで、「船がドイツ軍のUボートに撃沈された!」となればすぐにミンクの毛皮を着こんでタイプライターやブランデーなど身の回りの大切なものを持ち出し、早速甲板に出て被害の状況や避難活動をする水夫たちの撮影に奔走。そして黒人水夫ジョーの助けで救命ボートに乗り込んだという設定らしい。
映画が始まると、たったひとりぽつんと救命ボートに乗っているって不思議。
「美女がたったひとり救命ボートに乗って漂っている。そこへ次々とびしょ濡れの生存者が乗り込んでくる。乗り込んでくるたびに自己紹介が始まる」という、映画の段取りだと思われる。
そして彼女は次の生存者コバックが登場すると、早速「いい絵が撮れる!」とばかりにカメラを回す。哺乳瓶が流れてくる。カメラを回そうとする。乳飲み子を抱えた母子が助けられる。カメラを! という感じ。
他人の命よりもまずジャーナリストという仕事を優先する。そして二人目の生存者であるコバックに非難される。
彼女の行為は賛否両論あるだろうが、職業意識とはそういうもんだ。まず写真を撮ってからでないと始まらない。写真を撮って、事実を世界に伝えることがジャーナリストの使命なのだから。
そんなコニーはここから様々なものを失い続けることになるけれど、登場人物のひとりで右足を失うダンサーのガスと比べれば大したことがない物ばかりなのに、どういうわけかコニーの方がずっと興味深い。
登場するや否やストッキングが破け(女性らしさの象徴)、カメラを失い(職業の象徴)、ミンクのコートを失い(富の象徴)、タイプライターを失い(知性の象徴)、最後はカルティエのダイヤのブレスレットを失う(希望の象徴)。
このカルティエのブレスレットは、貧しかった若かりしコニーが手に入れ、ずっと大切にしてきた未来への夢と希望のお守りだった。それをコニーは最後に失うのだが、それまでは失くしたものに執着心を見せていたコニーが、最後のブレスレットだけは自分から差し出すところが印象的。
実はこの行為が、漂流して希望を失いかけたボートの仲間たちに希望を与えることになるのだ。
自分の夢と希望の象徴を犠牲にして、仲間たちに希望を与えようとするコニー。まだ余裕のあるうちは見せなかった優しさが、最後の最後に出た形。
苦労人で、大人で、現実的で、美人で、強くて、皮肉っぽくて、でもユーモアもあって、どこか可愛らしい魅力的なコニーとタルーラ・バンクヘッドだった。
コバックと、それを演じたジョン・ホディアクのこと
コニーと「嫌厭の仲でラブラブ」という役柄だったコバックは、粗野で体中に過去の女の入れ墨を入れていたけど、乱暴さの中にたくましさを感じるような男だった。
最終的にはコニーをひっぱたいていたし。
演じたのはジョン・ホディアクという俳優で、三船敏郎似。
👇 ジョン・ホディアクさん
By Trailer screenshot - A Lady Without Passport trailer, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3558084
この写真はあんまり三船敏郎じゃないけど、映画のコバックは無精ひげで、髪型といいかなり三船敏郎だった。
ホディアクもバンクヘッドも、日本まで名前が轟くような俳優ではなかったようで、出演作の中でこの『救命艇』が最も有名な映画っぽい。
なのでこの作品でしかお目にかかれなそう。二人とも魅力的だと思ったから残念。
蛇足:「メデューズ号の筏」事件について
あ、途中で出てきた「メディーズ号の筏」事件に関して最後に捕捉を付け加えておこう。
「メデューズ号の筏事件」・・・1816年にフランスのメデューズ号が難破し、間に合わせの筏に乗って漂流した147人の男女が殺し合って、お互いを食べる人肉食いが行われた実際の事件。147人中、生き残ったのがわずか15人で、しかもたったの13日間の間の出来事だった。ジェリコーの絵画が有名。
ちなみにこの事件の三年前に日本の督乗丸が漂流した時は13人が漂流するが、484日間も漂流し続け、3人が生き残り、しかも人肉食など行われなかった。
今回はこれくらい。
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