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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

コロナ禍であぶりだされた、いるもの、いらないもの①【消費社会が終わるかも】

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mです。

コロナウイルスについて思ったことを、備忘録として書いておこうと思います。

3月に入ったころ、私はまだコロナウイルスに関してすごく甘く考えていて、
「インフルと何が違うの」とか、
「今まで一度たりともインフルにかかったことがないし、周りでインフル患者が出ても私にはうつらなかったから私は大丈夫」とか、
「今までの人生でそういう流行性の病はことごとく私をスルーしていったから今回も大丈夫」とか、
「私はTVをまったく見ないから、鳥インフルにしてもSARSにしても何にしても、いつの間にか流行って、いつのまにか去っていた。だから私は大丈夫」とか、
「花粉症でもないからマスクをする習慣が全くなくて、インフルの季節だろうとマスクせずに生きてきたけど今まで一度もかからなかった」とか、
とにかく根拠のない自信を持っていました。


ところが今回のコロナの猛威はそんな甘さを打ち砕き、「これは大変なことになってきた」と思い始めたのが、たぶん3月半ばくらい。

マスクに関しては「買占め」「品薄」「モノがない」状況が始まっても「買わねば!」とはあまり思わず、でもまあ一応Amazonで検索してバカ高くなっているのを見て「け! 絶対買わない」と思ってタブを閉じました。10枚程度で1万円て。なめんなよ。

ラッキーなことにたまたま医療機関に勤めていることから、10年くらい前に ”付き合いで” 、箱で2箱購入して全く使わずにしまってあったのがあったので良かったですが、これがなければ完全にマスク難民になっているところでした。これがなければとても困って職場で若干盗んじゃってたかもしれません(しなくてすみました。本当です)。


あの時の私、ありがとう。そして「マスク買う人~」と取りまとめてくれたWさん、本当にありがとうございました。


とはいえコロナはいつ終息するか分からないし、マスクも平常通り買えるようになるのはいつになるのかも分からないですから、やっぱり節約しないといけないなと思って、イタリアやスペイン、アメリカなどが深刻化していくデータを眺めつつ、身近(自分の居住圏や通勤圏)に感染者が登場したらマスクをつけようと「マスク装着開始時期」を見計らい、近場でひとりめが出たのを合図に毎日マスク装着を開始しました。

幸いなことに、今のところ職場や近所といった「極めて身近」には感染者はまだでていません(市内には10人くらいいるけれど)。


本題ですけど、日本はたぶん「これからが正念場だろう」と思うのですが、このコロナ禍がひと段落したあとのことに思いを馳せてみると、「コロナ収束後の世界は大きく変わっていくんだろうなあ」という気がしてなりません。

近年まれにみる時代の転換期を迎えるのだろう、と。

「AI化」なんて比較にならないくらいの意識改革がおこるだろうと。

ちょうど100年前、20世紀が始まってしばらくのちに起こった第一次世界大戦や王政の終焉、社会主義の台頭などに匹敵するほどの激変が起こるのだろうと。

そして大不況が来て、ここ50年くらいの間繰り広げられた消費社会は、もう決して戻ることはないだろうと。

コロナが収まった後、経済成長率がマイナス35%になるだの、25%になるだのと、近い将来の大恐慌が示唆されていますが、それもむべなるかな、と思います。


理由はふたつ。
① 人類レベルでいらないものがばれちゃった
② 個人レベルでもいらないものがばれちゃった(気がついちゃった)
からです。


① 人類レベルでいらないものがばれちゃった

というのも、今回の禍(わざわい)で人類は多くの問題・課題を抱えたと思うのですが、その中でも特に「本当に必要なもの」と「そうでもないもの」がはっきり分かってしまったことはとても大きいのではないかと思うからです。

たとえば今回、人々が全く出歩かなくなった欧米では、あからさまに水も空気もきれいになっちゃった(笑)


ベネチアの運河は航空写真で見ると明らかに透き通っているし、

gunosy.com


インドのパンジャーブ州では30年ぶりにヒマラヤ山脈が見えるようになったんだとか。

www.cnn.co.jp



例えば、その要因の代表のひとつと思われる「車」ですが、車が環境汚染の大きな原因であることはみんなが知っていたけど、「でも便利だから」で目をつぶって使い続けていたら、今回「いかに人間が環境を汚していたか」が今回はっきり出てしまったというわけです。それもわずか数週間の都市封鎖というごく短期間で結果が出てしまうという分かりやすさ。

私は免許は持っているけど運転したことがない「純正ペーパー・ドライバー」だから「車なんかなくても大して困らない」ことを知っているけど、今回の出来事で「必須ではないのでは」と世界規模で決定的に気がついちゃったんじゃないかな。

極端に言えば、宅配関係などの流通系運転者のような職業的ドライバーさえいればいいんじゃないかな、と。普通の人で「社会的にどうしても必須ではないけど日常的に車を運転している人」は大勢いるでしょうからねえ。「個人的にあったら便利だから必要」と「社会的に必要」は雲泥の差がありますからね。地理的な問題で「車が必須」地域はあると思うけど、なくてもいい人がすさまじい数いるのではないかな。

健康や環境問題に特にウルサイ欧米の方々ですもの、今回の一件が落ち着けばますます「車社会に物申す!」的に運動が盛り上がって、同じように思う人がいよいよ車を買わなくなって、公共交通機関がますます発達するという方向に加速していくのではないかしら? 時間はかかるだろうけれど。

私の好きなゲーム「Civilization」では、環境汚染を抑えるのに「公共交通機関」の開発は必須ですからね。いいことだと思います。グレタさんみたいな人が跋扈するのはいやなんだけど、そこは目をつむります。


ちなみにこういう時、「人間自体が不要」という極論を言う人が必ず出てくるけど、それは全く子供の発想で、長編ドラえもん(どれだったか忘れたけれど)の中で誰かがそのような正論を吐いて「じゃあお前死ね」とジャイアンに言われていた作品がありますが、まったく同感です。私も「じゃあまずお前死ね」と言っておく。


また、ロックダウンを決行した欧米では、最も必要な施設以外はシャットアウトしたものだから、「絶対必要」と「そうでもないもの」がくっきり、はっきりと。

イギリスだと、開いていいお店はまずは言うまでもなく「病院」ですが、他に「スーパー・食料品店」「薬局」「ガソリンスタンド」「自転車店」「ホームセンター」「コインランドリー・クリーニング店」「レンタカー」「コンビニ・キオスク(コーナーショップ)」「郵便局」「銀行」なんだそう。

逆に閉じることを命じられたお店は、「レストラン・カフェ(出前やテイクアウトはOK、店内飲食はNG)」「パブ・ナイトクラブ」「カーディーラー」「テーマパーク」「図書館」「ジム」「衣料品店」「教会や礼拝堂等の宗教施設」「映画館」「美術館」「温泉」「結婚式場(結婚式自体が禁止)」
とのこと。

パッと見、よく分からないものもあるけれど、まあざっくり言えば「命と生活に係わるものはやっていてOK、娯楽はぜいたく品だから今はNGね」という、いたって当然の結果に。

現代の結婚式なんて正直、友人かもしれないけど所詮は他人の自己満足ですからね。そんなものが必須なはずがない、と。そんなものに付き合わされて感染した日にゃ地獄で恨みますよ。呼んだ方も寝覚めが悪い。

宗教施設がNGになっているのも興味深いですね。「必要、なかったんだね」という気になる。100年くらい前なら「救いを求めて神様にお祈りしましょう、祈ればコロナで死んでも天国に行けますよ」とか言って、神様の方が人を集めそうなものだが、現代はそうはならないのね。「3密だからNG」となって閉店です。信者も「神様にお祈りしても助けてはくれない」って気づいているってことなんでしょうか。それとも「3密を避けてお祈りするのが天国への道なのです」「3密を避けてお祈りすると神様が救ってくれますよ」的な発想なんでしょうか。


いずれにしても、欧米は「ロックダウン」という強硬措置を取ったから、割とスパッと気持ちよく線引きできているように感じました。「基本的に全部だめ! 命や生活にかかわるものは例外としてOKね」っていう感じ。

日本は・・・なんだか・・・うやむやと、「自粛を促す」と言いながら、後になって「百貨店はダメだけどデパ地下はやってて欲しかったんだよねー」みたいなぐずぐずした感じが・・・

「自粛っていうのはこっちで考えてやるやつなんじゃないの?」「じゃあ先に言えよ」って思われても仕方ない。なんか煮え切らない印象なんだな。きらい。

This is Japan.っていう感じ。


② 個人レベルでもいらないものがばれちゃった(気がついちゃった)

そして個人レベルでも、20世紀後半の「超消費社会」に慣れきった私たちは、「不景気だなー」なんて言いながらも相当な物欲の中で「あれも欲しい」「これも欲しい」と思って様々なものを買いあさり、それを自分では「必要な物」として位置付けていたと思うのですが、「それって本当に必要?」って気が付いてしまったと思う。


私はどうかというと、日常的に「休みの日は一切出掛けない」をモットーとしているため、「スーパーやコンビニで買える食品や日用品以外はすべてAmazonで買う」というほどのAmazonユーザーです(たいした金額ではないにせよ)。

そして今までの購入履歴の7割くらいが「CD、DVD、本」で、趣味部門ばかりがずらーーーっと並んでいます。

3月上旬、ここまでコロナが日本で深刻になる前、「4月になったら購入しよう」と思ってカートに入れていた物は、
① Perfumeの過去のシングル3枚(インスト目当て)
② マイケル・ケインのややマニアックな映画DVD3枚
③ アラン・パーソンズ・プロジェクトのスタジオアルバムの1stと2nd
④ ビリー・アイリッシュの昨年の大ヒットアルバム(題は長いから割愛)
⑤ 映画「何者」のサントラCD(中田ヤスタカ目当て)
⑥ アンドリュー・ロイド・ウェーバーの「ジーザス・クライスト・スーパースター」のオーストラリア・キャスト盤
⑦ 洗顔石鹸 ひとつ
でした。

「いまどきCDって、ぷっ(笑)」とか、そういうのは聞きたくありません。私の勝手ですから好きにさせてくらはい。

でも「今買うものではないのでは。今どうしても必要なわけでもなんでもないのに、激務であろう運送会社や宅配業者の方々に運ばせるなんて申し訳なさすぎる。後にしよう」と思って「後で買う」に移動してしまいました。


おととしかなあ、超大型台風が上陸して、未曽有の大惨事になると言われて強風が吹きすさぶ中、「出前を頼む」という猛者もいると聞きました。そしてその注文を届けようとする猛者もいるんだとか。どっちもシンジランナイ。ツイッターか何かで「暴風雨の中、出前に向かうべくスクーターのエンジンをかけようと四苦八苦した挙句に、風に飛ばされる出前猛者」の動画を見たことがあります。


【Twitterで話題】台風21号でもバイクで配達してたドミノピザ、控えめに言ってやばい




今のコロナ禍の中でも、シンジラレナイ行動をする強者たちがたくさん現れて全然笑えません。私にはとても無理。真似できない。

上記①~⑥は、しばらくはそっと「今は買わない(後で買うだっけ?)」に置いておこう。


というわけで、私が欲しがってAmazonで買ってきた品々は「特には必要ない物だったのでは」という思いが頭をよぎるわけです。

ていうか、”必要” ではないよ。間違いなく。

すると私の欲しいものはすべてが①~⑥のようなものばかりだから、「これらは必要なものではない」となるともう「買うものが何もない」です。


はー。他に欲しいものがないよー。(ノД`)・゜・。カナシイジンセイ


こうして購買意欲を失って・・・いや、買うよ、買うんだけどね、趣味だから。でも、毎月毎月何かしらを買っていたものが、気持ち冷静に見つめ始めて、「来月になってからにしよう」とか「隔月にしようかな」とか「この前のまだ見てないから買うのやめよう」とか、そんな風に頻度が下がると、消費が落ち込むことになるのでした。


大変な時代が来そう。大きな意識改革が起こる予感がする。ていうか起こるだろうな。不景気+意識改革。このハリケーンに吹き飛ばされないために私は何をしたらいいのだろう。






買い物かなあ ('_')