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割と自己流で生きています

【本】「江戸川乱歩傑作選」 乱歩の脳の中を散歩する、衝撃短編集 【グロい怖い】

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題名 江戸川乱歩傑作選
作者 江戸川乱歩
出版社 新潮文庫
出版年 昭和三十五年(1960年)
出版国 日本
ジャンル 短編集、推理、怪奇、猟奇、エログロ


この短編集は、乱歩のデビュー作である『二銭銅貨』(大正12年の作品)が読めて、初期の明智小五郎が出てくる『D坂の殺人事件』『心理試験』『屋根裏の散歩者』の三篇が読めて、乱歩の変態的グロテスクさが発揮された『人間椅子』『芋虫』が読めるという、推理から怪奇、エログロ(のエロ抜きかな)と、まんべんなく読めるかなりお得な一冊。

明智小五郎といえば、私の小学生時代のイメージでは割と粋な白い上下の背広の男前イメージなのだが、この頃はまだ木綿の着物で、モジャモジャ頭をかきむしるという金田一耕助タイプ。私は金田一耕助タイプの時の明智小五郎の方が好き(天才っぽくて)。

以下は覚え書き(すぐ忘れるから)。ネタバレあります(あると思います)。
 


****** 注意 ネタバレ 注意 ******

『二銭銅貨』

江戸川乱歩のデビュー作。

どちらの方が頭がいいか、いつも競い合っているような友人同士の2人が主人公。ある電機工場の社員の給料がそっくり盗まれ、犯人は捕まるが肝心の金の行方が分からないという事件をきっかけにお互いを騙し合おうとする、という軽いタッチの作品。
 
乱歩のデビュー作であり、お経のような暗号と、点字を暗号解読の鍵に利用した ”すごく和風な” アイディアが高い評価を受ける作品。

暗号と鍵、隠された大金探しというありふれたアイディアと最後のどんでん返しが特徴で、ユーモア小説なのかもしれないと思うくらいガクンとオチをつけている。「やや強引かな」と思ったが、短編にはありがちなことでもあるから仕方ないかもしれない。
”暗号の縦読み” みたいなのも、最近のSNSなんかで若者たちの間で流行っている縦読みと寸分たがわないから、今流行ってるとはいえ意外と古典的なことなんだなと思った。ところで二銭銅貨の中を空洞にするなんてこと出来るのかしらと思ったが、実際にスパイや犯罪者がコインをくりぬいていろいろな物を隠していた事例があるらしいから無理ではないらしい。
 
 

『二廢人』

ある温泉場で出会った男二人が昔話をしている。主人公は自分の奇異な身の上話を披露する。「自分は夢遊病患者で、子供のころから寝ぼける癖があったが、年齢と共にそれが酷くなっていき、ある時とうとう老人を殺し財産を盗んでしまった。夢遊病だから記憶は全くなく、罪もまぬかれたが人殺しには違いなく、それが元で人生を棒に振ってしまった。その後夢遊病の方はぱったりと止んだ。」ところが実は主人公はまったく夢遊病でもなければ人殺しもしておらず、その当時の友人の仕組んだことであった。その友人というのが聞き手となっている男で、真実を告白する為に偶然を装って主人公に近づいてきたのだった、という話。


『D坂の殺人事件』

かの有名な名探偵、明智小五郎初登場作。明智はまだ貧乏書生だった。

主人公である ”私” と明智小五郎が見つめる先の古本屋で、古本屋の女房の絞殺死体が発見される。表は ”私” と明智が見ていたし、裏の路地にはアイスクリーム屋がいて見ていたし、長屋風の建物なので左右は人が住んでいて一種の密室状態になっていた。犯人はどこから入って、どこへ逃げたのか。また女はなぜ殺されたのか。

わたしが高校生くらいの時に初めて読んだのだと思うが、あけっぴろげの日本家屋での密室殺人という設定も面白いが、古本屋の女房と隣のソバ屋の主人が姦通をしていて、その二人がマゾとサドの関係で、性行為の最中の事故死だったという殺人(事故?)の動機が、十代だった私にはインパクト絶大だった。



『心理試験』

自分をものすごく頭がいいと過信している貧しい学生が、小金を貯め込んでいる婆さんを殺して金を奪う。うまいことやったと思っていたが、そのとき講じた策がきっかけで容疑者の一人にあげられる。しかし証拠がない警察は二人の容疑者を ”心理試験” にかける。あらゆる問答を想定して準備万端整えて出頭した主人公だったが、その用意周到さが仇となり、探偵として名を馳せていた明智小五郎によって看破される。
 
ちょっとドストエフスキーの『罪と罰』を思い出した。



『赤い部屋』

怪奇クラブもの。部屋中を真っ赤な布で覆った赤い部屋にメンバーが集まり、毎回趣向を凝らした話をして楽しむ。そのクラブに新メンバーのT氏が入ってくる。T氏は「何をやっても退屈にしか感じなかった自分だが、ある時自分が夢中になれる娯楽を発見した。それは絶対に捕まらない殺人、偶然を装っていながら完全に計算された殺人だった。そして自分は99人を、いたって安全に殺害することに成功した」 T氏はその事例の数々を披露して、最後の100人目として自分が銃殺されるように仕向けるが、すべてが冗談だったという話。

例えば、線路を横切ろうとしている老婆に列車が突っ込んでくる。老婆が何も気づかずに歩いていればもしかしたら助かるかもしれないのに、T氏が「危ない!」と声をかけたせいで老婆が立ち止まり列車にひかれた場合、これは殺人か否かといった、盲点をつく話が多数披露される。


『屋根裏の散歩者』

これも有名な、暗い屋根裏を這い回る男の描写と、それをする男の心理描写がなんとも恐ろしくなる、乱歩の傑作のひとつ。

中庭をぐるっと囲んだ形の長屋に住む主人公が、ある時押し入れの中に天井裏への抜け道を発見する。その屋根裏をゆけば同じ長屋の住民の生活を覗き見ることができ、主人公は ”覗き” という行為に興奮し毎晩のように屋根裏を這いまわる。ある日、屋根裏の隙間から下をのぞくと、そのちょうど真下に熟睡する男の大きく開いた口があって、そこから毒を垂らせばうまく口の中に落ちることに気づき、どうしても実行したくなる。うまくやったと思うが、これもまた明智小五郎によって看破されてしまう。


『人間椅子』

乱歩の変態趣味が炸裂した傑作。思い付きが変態すぎて怖い。
 
ある女流作家の元に見知らぬ男から告白文が届く。原稿用紙に書かれた告白によると、男は生まれつき醜く生まれついた孤独な家具職人だが、ある時頼まれた椅子を作っている最中ふとその椅子の中に隠れることを思いつき実行してみると、自分に座る女性の身体の柔らかさなどに得も言われぬ快楽を感じてしまう。そして自分に座ったある女性に恋をするが、それがあなたなのですよと、あなたが今座っているのが私なのですよ、という話。
 
ぎゃー。最後は「冗談でした」的な終わり方なのだがちょーーーーう怖い。ほんと怖い。ああ怖い。こうしてあらすじをまとめていても怖い。あー。思い付きがほんと変態。



『鏡地獄』

鏡の魅力に取りつかれた男が、いよいよ鏡の魅力に取りつかれて行って、鏡だらけの鏡マニアになって、自分の家でも鏡工場を作って変わった鏡を作るようになる。最後は球体の内側に鏡を張り巡らした球の中に入り、どういうわけか分からないが発狂してしまう。二枚の鏡を向かい合わせにした鏡と鏡の間に入ると左右に無限の自分が見えるが、それが球体になった場合、いったいどういう像を結ぶのかという興味が、倒錯した男の異様な生活のぶきみさと相まって、異様さが増幅されていく感じ。
 
嵐の櫻井翔がTV番組の企画で球体の鏡の中に入ったところ、もう一人の自分が3D状態で立体的に表れたらしい。鏡に映った像が、自分の目の前で焦点を結んで立体的に見えたということか(???合ってるかな)。すげえな。そして発狂はしなかった(発狂する感じではなかった)。


嵐 櫻井翔が球体の鏡の中に入ったら自分がどう見えるのか?体験



『芋虫』

グロの頂点的作品。「人間椅子」同様、一度読んだら忘れられない。トラウマ確定の傑作。
 
戦争で両手両足を失い、聴覚も発声も奪われ、まるで芋虫のようにゴロンところがっているしかなくなった男と、その妻(ぶくぶく太った三十路の)の間の、情欲を描いた作品。ほぼ文学。そのような状態になってしまった夫の看護をし続けるうちに、サディスティックな自分がむくむくと芽生えてきて、旦那を虐めるのが楽しくなってくる。でも愛情はある。そういった背反する気持ちを描いている。ラストは、悲しいが美しくもあるような、一種救われるような結末。



以上、9編収録。



全体の感想

変態的悪趣味の双璧『人間椅子』と『芋虫』だが、読後感は悪くない。乱歩は変態だと思うけど、どこまでも嫌悪感が続いていくような作風ではなくて、最後でふっと救いの手を入れるようなところがあって、どの作品を読んでも人間に対する独特な愛情が感じられる。それがあるからこそ昭和を代表する人気作家になったんだろうと思う。
 
とはいえ、乱歩自身は本格派の推理作家になりたかったのに、『人間椅子』みたいなグロい作品の方が人気があったというから・・・。うーん、そうか、大衆の支持があったのね。異世界をちょっと覗いてみたい、みたいな感じかな。
 
実際わたしも小学生の時に少年探偵もの(ポプラ社のやつ)を読んでいて、なんの作品かは忘れたが、死体を隠すのに死体に石膏を塗ってマネキンにしていたやつがあって、子供心にびっくりして、「なんじゃこりゃ」と思って忘れられないもん。なんとも言えないモヤモヤがあった。その後かなり読んだけど、でも『孤島の鬼』くらいで、それ以外はぶっちゃけあんま全然覚えてない。全集持ってる(!)から、また読み直してみようかな。
 
異世界に脳を飛ばしたい方にお勧めです。楽しい気持ちにはならないので、万人向けではありません。

 


最近の表紙はこれっぽい ☟