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名作から駄作まで、見た映画の感想を正直に片っ端から記事にする、古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「バロン(1988)」 ユマ・サーマン 17歳の美しさが凄かった、テリー・ギリアム渾身の特撮ファンタジー映画

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題名 バロン
監督 テリー・ギリアム
脚本 テリー・ギリアム
出演 ジョン・ネヴィル、サラ・ポーリー、エリック・アイドル、チャールズ・マッキーワン、ジャック・パーヴィス、ウィンストン・デニス、ジョナサン・プライス、ユマ・サーマン、スティング、ロビン・ウィリアムズ
音楽 マイケル・ケイメン
上映時間 127分
制作年 1988年
制作国 イギリス
ジャンル 特撮、ファンタジー



映画はコケちゃった説があるけれど、この映画私は好き。映画全編にわたって実にテリー・ギリアムだったし、特撮がとにかく素晴らしくて美しかった。

それに私はこのバロン・ミュンヒハウゼンの心がせつなくて、私も一緒になって「つまらん世の中じゃ!!」って、思ったもん。

つまらん世の中じゃ!!

つまらん人生じゃ!!!(☜それはお前だけ)


この映画はぜひ字幕をオフにして ”日本語吹き替えだけ” にしてお楽しみください。 (^_^)/ フキカエガイイアジダシテル


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****** あらすじ ******
18世紀の終わり、いわゆる ”理性の時代” と言われたころのお話。トルコとの戦争で銃弾飛び交うドイツで、ヘンリー・ソルト一座が「わしは真実のみを語り、真実以外のことはこれっぽっちも語らぬ男だ」とほらを吹きまくる『ほらふき男爵(バロン・ミュンヒハウゼン)』の芝居をしていると、そこへ本物のバロン・ミュンヒハウゼンを名乗るジジイが乱入してくる。

本物のバロンを名乗るジジイは舞台を乗っ取り、「この戦争はわしが始めた戦争じゃ。だからわしにしか終わらせられないのじゃー!」と言ってそのいきさつを舞台上で語り始める。

曰く、「あれはエジプトからの帰り道、トルコに立ち寄った時のこと。トルコ皇帝がトカイワインを自慢げにわしに飲ませたが、わしはもっと素晴らしいワインをウィーン王宮の酒蔵から1時間で取って戻ってきてみせると豪語してトルコ皇帝と賭けをしたのじゃ。もしわしが勝ったら宝物庫にある宝をひとりで抱えられるだけ頂戴できるという約束じゃ。わしは韋駄天男バートフォールドにオーストリア皇帝あての手紙を持たせて走らせた。

ところが、賭けに負けたらわしは首をはねられるというのに、バートフォールドは残り3分になっても戻ってこない。地獄耳の小人グスタヴァスによるとバートフォールドは途中で居眠りしとるらしい。遠目の射撃の名手アドルファスが、木の下で眠りこけとるバートフォールドに銃弾を撃ち込んでたたき起こし、砂時計の最後のひとつぶが落ちる寸前にようやく間に合った。一人で持てるだけの宝をもらう約束だったので、わしが怪力大男のアルブレヒトに宝物庫にあるすべての宝を抱えさせて城を出ると、トルコ皇帝が手下を使ってわしらを襲ってきおった。それを肺活量男のグスタヴァスがたったひと吹きでやつらを吹き飛ばしたのじゃwww ところがそれをトルコ皇帝は怨んでこの戦争になったという次第じゃ!wwww草草w草www草wwwwwwww」

ところが聴衆は誰もまともに話を聞かず、野次を飛ばしてくる。そこへトルコ軍の激しい砲撃が打ち込まれ、ヘンリー・ソルト一座の娘サリーは、崩れる劇場で死神から魂を抜かれそうになっているジジイを救う。科学や合理性の世の中になり、迷信や伝説、おとぎ話がなくなっていく世の中に飽き飽きしていたジジイは、自分がまだ生きていることに気づくと「くそっ!!!」と悔しがる。「わしの話をみんな笑って誰も聞いてくれない!!何がなんとかの法則、なんとかの法則じゃ!!!つまらん世の中じゃ!!!ぺっぺっ!」

でも、ジジイを本物のバロンだと信じ、「私は続きを聞きたいわ!」と話の続きをせがむサリー。そして「自分の家族、劇場、そして町の人たちをトルコ軍の攻撃から守るのに力を貸して!!!」とせがむサリーを、ジジイは月面から神々の世界、伝説の大魚の腹の中まで連れ回し、数々の冒険を共にし、最期は町の人々を救うのだった。

注意:ジジイとはミュンヒハウゼン男爵のことです (^_^.)
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「わしは死んだか?」 バロンの台詞



いいえ死んでません(笑) 

ほんとに子供みたいなじいさんで、基本的には肌がしわくちゃでハリがない「お爺さん」なんだけど、途中で若返って肌がきらきら、つやつや、ぴかぴかしてきたりもする。しわくちゃになったり、若返ったりを繰り返してる。

最初、現実のミュンヒハウゼンはしわくちゃで、でも冒険の旅に出ると若返ってピカピカお肌になるのかと思ったが、見ているとそうじゃない。爺さんになったり若返ったりを頻繁に繰り返している。

どうやら、自信をなくしたり、傷心したりするとしわくちゃになり、逆に自信を取り戻したり気持ちが高揚してくると若返ってキラキラしてくるらしい。歯までが「キラン」と光ったりするw

「現実は辛いからしわくちゃ、想像の冒険は楽しいからイキイキ」というようなテリトリーで分けたような二択ではなくて、置かれている状況に左右されず、自分の心の持ちようでキラキラしてくるところがいい。ギリアムのメッセージを感じる。

勉強になります (-_-;)イキイキシタイノ


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当時の最先端技術が注ぎ込まれている特撮映像は素晴らしくて、絵画的な世界観がとても美しかった。終始ギリアムらしい美学の感じる美しいセットで、ギリアムの心意気を感じる。上質で、お金もかかってそう。映画が始まってからラストまで、細部までこだわった手を抜かない豪華な美術セットと世界観で、とても満足。

原作は、言わずと知れた『ほら男爵の冒険』で、先だって私も備忘録的な記事をあげてる。
 

www.mlog1971.com

 


原作だと、男爵の家来は5人で、快速男(あしじまん)、千里耳男(みみじまん)、鉄砲名人(てっぽうじまん)、強力男(ちからじまん)、風吹き男 の5人。

でもこの映画では4人になってた。韋駄天バートフォールド、遠目の射撃の名手アドルファス、怪力大男アルブレヒトは同じだが、千里耳男(みみじまん)と風吹き男がグスタヴァスひとりにまとめられていた。

でもこう言っちゃあなんだけど、無駄がなくなってスッキリしたかも。


原作ではそれほど活躍しない(というか大して出てこない)家来たちを大幅に主役クラスに引き上げて、彼らに活躍の場を大いに与えた感じになってる。

バロンは、サリーのリクエストに応えてドイツの町をトルコの攻撃から救うために、まずは月に行って韋駄天のバートフォールドを回収し、月からエトナ山に落ちて、ヴァルカンとヴィーナスの元で家政婦して満足しきっていた怪力男アルブレヒトを回収(乙女化してたw)、そして地球を突き抜けて南半球の大洋へ出て巨大な魚の腹の中でアドルファス、グスタヴァス、おまけに愛馬ブケファロスまでも回収、ドイツへ舞い戻ってドイツを救う。


原作は大きな物語の流れはなくて、大ぼらエピソードの羅列だから、映画では「トルコから攻められているドイツを救う」という方向性を与えて、そこに『ほら男爵』のエピソードを嵌めていった、という感じ。

映画冒頭の、ウィーンの酒蔵から1時間でワインを取ってきてトルコ皇帝に差し上げる賭けの下りは言うまでもないことだし、

月の王様が頭と体が分かれて行動することができるくだりも原作にあるし、

エトナ火山でヴァルカンとヴィーナスと出会ってヴァルカンの怒りを買って深い井戸に放り込まれるくだりも原作にあるし、

巨大な魚に飲み込まれたら腹の中に一万人が住んでいた、というくだりもある。


これらの大きめのエピソードを中心に、そこへ細かい小ネタもしっかりフォローして、

打ち出された大砲に乗って敵陣へ飛んでいき、着弾する前に敵が打ってきた大砲に空中で乗り換えて戻ってきたとか、

月から地上へ戻る時、ロープを月に結んでぶら下がって降りてくるのだが、途中でロープが足りなくなったので、頭の上にある使い終わった部分をバッサリ切って足元のロープに継ぎ足す、というのを繰り返して地上に戻ってきたとか(映画だと失敗してたけど)、

その月の王様は首から上と首から下に分かれて別行動をとれるのだが、頭は明晰なのに下半身はすごくスケベで欲望に忠実みたいなのも、原作に出てきた、男爵が乗っていた馬が水飲み場で水を飲んでいるがいつまでも飲み終わらないので後ろを振り返ったらお腹から下がなくて、飲む先から水がダバーっと漏れていた、じゃあ下半身はあ?と思って探したら雌馬と一義に及んでた、男なら当然だよねえ~というエピソードの脚色と思われる。


そういう具合に原作を読んだ人が「くすっ」とか「ニヤッ」となる作りになっているのも楽しい。


ちなみに映画での月の王様は、理性の頭と欲望の下半身が合体してひとつになると、下半身の欲望が勝って頭脳が負けて下劣なことばかりを口走っていたw 本能、おそるべし。


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海中から自分で自分を引っ張り上げるバロン(ほら男爵)




そして特筆すべきはエトナ火山での、鍛冶の神ヴァルカンとヴィーナスのエピソードのくだり。

これがヴィーナス役のユマ・サーマンの美しさが極まって、絵画的美しさだった。芸術、美術だった!

ヴァルカンは火山で大勢の手下を使って様々な ”近代的”武器を作って地上に売りつけ、あらゆる戦争で使われてるらしい。地球規模の軍事産業かあ。ぼろ儲けですなあ。時代考証とかそっちのけで、地上ではまだ剣や大砲で戦う中世なのに、ヴァルカンはミサイルみたいな近代兵器を作ってたぞ。時空を超えてるのかな?

ギリシャ神話では、鍛冶の神ヴァルカン(ヘーパイストス)とヴィーナス(アフロディーテ)は不仲というか、ヴァルカンはヴィーナスにぞっこんなんだけど、ヴィーナスは醜男のヴァルカンが嫌で嫌で仕方がなかったと。そこへ現れたのが美男の軍神アレースで、二人は恋仲になってイチャイチャしてた。ヴァルカンはイメージ通り結構鈍感で最初はそういうのに気が付かないんだけど、さすがにいよいよ気が付いて、キレて最後は離婚するということで、ヴィーナスは浮気女として描かれている。

この作品でのヴィーナスはやっぱり壮絶に美しくて、ヴァルカンは無骨な田舎者でやっぱりヴィーナスにぞっこん。ヴィーナスはバロンを軽めに誘惑してダンスに誘い、女大好きバロンはもちろんそれに応じて二人で空中をダンスして、やっぱりヴィーナスは浮気性とまでは言わないけれど、男心をくすぐる趣味はありそう。

それでヴァルカンは耳から蒸気を吹きだして嫉妬で怒り狂うんだけど、最終的には刺激のない日々にちょっとスパイスを効かそうとしたヴィーナスのいたずら、全然浮気する気はないんだけど、ヴァルカンをからかって嫉妬させて、そのあと仲直りしてイチャイチャしよう、みたいなw

なんだかんだ言って仲良さそうでほっこりした(・・・ヴィーナスの手のひらで転がされている気がしなくもないが)。


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それにしてもユマ・サーマンの美しさはすごかった(ちょっと諸事情あってキャプチャは遠目のものにしました)。

この頃、御年17~18歳くらい? まだ駆け出しの頃で、この映画で(当然)注目を集めるけど、映画自体がコケたからかスターというほどにはなれなくて、大ブレイクした『パルク・フィクション(1994)』まではまだまだ6年もある。

しかーし、『パルプ・フィクション』は様々な人々のシチュエーションの羅列といった映画だし、ユマ・サーマンは主役というわけではないし、強烈に印象には残るけど出番がそう多いわけではない。

しかも『パルプ』の時はマフィアのボスの女だし、結構気の強そうな役で、ユマ・サーマンの表情も(化粧のせいもあって)すこぶるキツめの、良く言えば格好いい系の女役だった。

男性陣が「かわええええ!」とはなりにくい役柄だった(と思われる)。


しかーし!! 今作でのユマ・サーマンは違う。美しいのにかわいくて、萌えること間違いなし。

先ほどから「ヴィーナス」「ヴィーナス」ってヴィーナス役で出ているだけのように書いているが、この作品はたいていの出演者が一人二役なので、ユマ・サーマンはヘンリー・ソルト一座の役者のひとり(名前は知らない)とヴィーナスの一人二役なので、実はユマ・サーマンは映画冒頭から出ている。

一座の役者役の時は、ほかのオバサマ役者達のずうずうしさに隠れてしまって目立たないが、それでも一生懸命わざとらしい芝居をしている姿はいじましい。健気でかわいい。


そしてヴィーナス役。こんなに美しい女性がいるものかと思った。

ヴィーナスだから、ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』さながら、水の中から大きな貝が出てきて、その貝が「ぱかっ」と開くとユマ・サーマンが全裸で出てくる。もちろん絵と同じように、バストと下半身の大事なところはちゃんと隠して。

いやー、美しかった。「ひゃー」と思った。こんな美しい人間いる?と。

ヴィーナスの付き人的な若い女性二人が、布でヴィーナスの裸を包む時も、天使のように空を飛びながらヴィーナスに寄り添って、やさしく布で覆う。それら一連の演出に、監督もたっぷりと時間をとって、優雅に贅沢に見せてくれる。

ちょっ・・・・・と、吹き替えがバカっぽかったので、そこは気に入らなかったけど(ここだけは字幕で見たいものである)、この映画はこのヴィーナス役のユマ・サーマンだけでも見る価値があると思う。


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そりゃあバロンでなくても見惚れますがな



他の出演者に関しても少しだけ触れると、カメオ出演でスティングが出てた。戦争の英雄なのに処刑される兵士役なのだけど、その罪の理由が振るってて「目立ちすぎて市民の規律を乱す」という理由。市民が浮足立つから、ヒーローもイベントもいらないというわけ。なので冒頭出てきてあっという間に出番終了。


一方、月のシーンで相変わらずの「躁状態」をぶっ続けていたのがロビン・ウィリアムズ。年中全力男。疲れないのかね。

「万物の王」と自己申告をしてたけど、実際は月の王様役で、首だけを空中に浮かべて定番のアドリブ・マシンガントークをぶちかましていたけど、クレジットが無いの。みんな動画入りのエンド・クレジットなのに、ロビン・ウィリアムズだけがスルーされてる。名前が載ってない。

なぜかは不明。

元々ショーン・コネリーが予定されていたらしいが、撮影の遅れなどでもたついているうちに、彼は『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦(1989)』の撮影に入ってしまったんだとか。これは仕方ない。

ショーン・コネリーは1981年にギリアム監督が制作した『バンデットQ』にもシチリアかどこかの王様役で出ていたし、今回ノンクレジットながら登場したロビン・ウィリアムスは、ギリアムの次の作品である『フィッシャー・キング(1991)』にも出ているから、そういう風にリレー形式に出すのが好きなのかもしれない。


他にも「地獄耳で肺活量で小人」のグスタヴァス役は、『バンデットQ』にも出ていたジャック・パーヴィスだったし、おなじみの顔ぶれという感じで安心のメンツ。


個人的にはエリック・アイドル演ずる韋駄天男バートフォールドが好きだった。さすがのコメディアンぶりw  手足が長くて飄々としてて、コメディアンに持っていてほしい、いい意味での軽さを兼ね備えた俳優。いい顔してた、いい味出してた。バロンを救うために銃弾を追いかけて捕まえるシーンなんて、ほんと笑える。


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風のように走るバートフォールド




サリー役のサラ・ポーリーは私は良く知らない。でも、この役は途中からすっかりバロンの嫁のように見えてきて、やせっぽっちで可愛かった。”息子” って書かれて怒ってる様子も、芝居一座の娘としての誇りみたいのが感じられてマル。

バロンが女とみれば歯の浮くようなセリフを吐くのを見て、いちいちイライラしたり文句言ったりして可愛いんだけど、そういう「ちょっと嫉妬してるの?」と思わせるような場面もあって、子供なのに母性が感じられてよろしかった。

ま、別に嫉妬しているというよりは、「早くお父さんとか一座のみんなとかを救いたいのになにしてんのよー」なだけかもしれないのだけど。


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いいかげんにしなさいよー




ちょっとあれだったかなと思うのはユマ・サーマンの吹替と、あとラストがちょっとよく分からなかったところ。

サリーとバロンが国に戻って祖国を救うんだけど、それも含めて「バロンのほら話」みたいになっていて、私の脳みそではちょっと混乱。

「・・・というわけでわしはこの街を救ったのじゃあああ!」と言っているその外ではまだ戦の真っただ中。

え?え? 救ったんじゃないの? 救ってないの?

サリーはあ? 一緒に冒険してたんじゃないの?

んー、ラストを思いっきり見失ってしまった私なのでした。

おしまい。


 




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