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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【本】 ウィリアム・アイリッシュ「幻の女(1942)」~江戸川乱歩先生 ご推薦~ 映画化できない系

幻の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 9-1))


題名 幻の女  
作者 ウイリアム・アイリッシュ
出版社 ハヤカワ・ミステリ文庫
出版年 1942年
出版国 アメリカ
ジャンル 小説、ミステリー

 
とても有名な書き出し『夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。』で始まる、アイリッシュの代表作。好きな作家。映画化できない系の小説(されてるけど)。

冒頭の文体のテンポが漱石の「猫」っぽい。短短長とセンテンスが長くなっていって、勢いがついて加速していく期待感。似てる。

冒頭から事件発覚、尋問、現場検証、裁判での検察側の主張、判決、そして親友登場から主人公の告白へと、テンポよく進んで興味を繋ぐ。 

この作品の肝はなんと言っても「カボチャのような形の、黒く長い羽根付きの、燃えるようなオレンジ色の帽子」なる奇怪な代物を被った、これ以上なく目立つ女を、誰も覚えていないところにある。まるでハロウィン。ここまでいくと「ファッション」というより「出で立ち」。主人公はこの女に自分のアリバイを証明してほしいのに、なぜか皆が示し合わせたように、尤もらしく「おひとり様でいらっしゃいました」「あんたは一人だったんだよ」「おひとりだったのは間違いありません」と断言してくる。え、なんで?ずっと一緒にいたじゃん。 女は誰? どういう裏があるの? と、読者の興味をラストまで引っ張っていく。

こういう、映画化できないと思われる小説は好き(されてるんだけど)。
映画だと、このカボチャ女を ”出さなくちゃならなくて”、でも出ると「ああこの女なんだな」ってなって、全然「幻」じゃなくなっちゃう。ミステリーがなくなる。面白さが激減すると思う。

・・・でも映画化されてるんだよなあ・・・どう演出されているのか今度見てみよう。


ところで穴もある。・・・ちょっと主人公、覚えていなさすぎでは。劇場での幻の女とダンサーの、あの一連のやり取りまで忘れてしまっているのはやばいレベルなのでは。

そして・・・刑事の種明かし部分になると、急速にもやっとする。う~ん、みたいな。それまでは全く問題なく、ぐいぐい惹き込まれていたから、一層もやもや感が拭えない。どゆこと? なんか変じゃね?

あと、彼の愛人は若くて美人で聡明で、勇敢で、主人公を愛していて、しかも一途で命までかけるという、かなり魅力的な女性なんだけれども、そんな彼女にそれほどまでに愛されている主人公はずっと刑務所にいてしょぼくれているだけだから、どこがどう魅力のある男なんだか分かんない。彼女が素敵なだけに「そんないい男なのかあ? 顔だけなのでは」と思ってしまった(「ハンサム」みたいな描写があった気がする。それも彼女の主観でだけれども)。

とはいえ、最初から最後まで飽きさせずに読ませるアイディアと筆力がアイリッシュにはある。なんというか、作者と作品の距離感っていうのかなあ。近づきすぎず離れすぎず、程よくクールな距離感を保っている感じ。作者が作品に入り込みすぎてる作品だと「もっとウェットに熱い」作品になると思うし、離れすぎるとハードボイルドになってもっとドライな感じになる。アイリッシュは丁度いい感じ。読んでいて気持ちがいい。

それにアイリッシュの描く人物像も好ましい。男女の描き方が丁度良い温度。あまりにもマチズモ的だと引くし、逆にフェミニズム過ぎるのも私は嫌い。アイリッシュは平等な感じがする。男はやたらと男過ぎず、普通に弱点や欠点を露わにするし、女は女過ぎず、女の弱さを持ちつつも普通に意志を持った人物として描かれていて真っ当。アイリッシュって、フラットに物事を見られる、ちゃんとした人なんだろうなって思う。

「サスペンスの詩人」と言われるアイリッシュだけど、出だしから主人公が帰宅するまでだけで、その詩人ぶりが堪能できる。

私にとってのアイリッシュの作品のイメージは「夜」。昼のシーンでも夜を連想する。あるいは昼でも日光が強すぎない感じ。大人の雰囲気で、品がいいからかな。



⤵ こちらは新訳版の表紙。