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古い映画を中心に、本、仕事・・・etc. 驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「アトミック・カフェ(1982)」~1mmも撮影していないドキュメンタリー映画~

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題名 アトミック・カフェ
監督 ケヴィン・ラファティ、ジェーン・ローダー、ピアース・ラファティ
上映時間 87分
制作年 1982年
制作国 アメリカ
ジャンル ドキュメンタリー、戦争、80's
 
 

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第二次世界大戦時における原爆や戦争に関する事実を、いたってクールな視点で発信した、ブラック・ユーモア炸裂の反戦映画。
 
この映画のために撮影されたフィルムは1mmもなくて、過去の既出のニュース映像とかプロパガンダ映像とかラジオ音声などの記録映像を集めに集めて編集しただけ。映像だけでなく、流れる音楽も既出の商業音楽。そしてナレーションが一切ないのも特徴。すでに世の中に発表されている映像や音声を時系列に淡々と並べただけという、異色の映画。
 
この映画がマイケル・ムーアにすごく影響を与えて、自分がドキュメンタリー映画を作る際の参考にした、という有名なエピソードもある。
 
 
「プロパガンダ映像ってなんだ」ということになれば、日本でいえば「ダメ。ゼッタイ。」とか「覚せい剤やめますか?それとも人間やめますか?」系もそうだし、TVのニュース番組とか情報番組だってそう。教習所や免許の更新の時に見させられる教育フィルムもそうだし、自衛隊の自衛官募集ポスターなんかもそう。健康ブームだって、健康プロパガンダだと言える。要は、大きな組織(政府とか企業とか宗教団体とか)が、ある思想や目的に大衆を導こうとして制作された宣伝物は全部プロパガンダ。影響力のある人や組織って、日々私達を、その組織にとって都合のいい方へ導こうとしているわけだ。
 
そして大抵、ドキュメンタリーの方も、記録映画と言いながらも、「これを伝えたい!」という強い意志を持って作られた「創作物」になることが圧倒的に多く、ややもすると押し付けがましく、説教臭くなりがち。
 
結局みんな、「意見を強く主張して、賛同して欲しい!」あるいは「都合よく言うことを聞かせたい!」ってやっているわけだけど、この映画はその熱さが上手く隠されている。淡々と並べて、ぽんって私達に放り投げて、「どう?」くらいな感じ。
 
もちろん、沢山ある映像のなかからどの映像を使用するかという選択、選択されたフィルムのどの部分を使用するかという選択、音声と映像の組み合わせ、選択された映像をどういう順番で並べるかという選択を、この映画の監督はしているわけだから、そこにこの監督のメッセージが込められている。だからこの作品だって、プロパガンダ映画だ。だけど、「制作者の思想が前面に出すぎてこないところが好感が持てるな」って思う。
 

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映画が始まってしばらくは、トリニティ核実験からエノラゲイ、リトルボーイとファットマン、原爆投下が上手くいってほくほく顔のトルーマン大統領、そして戦勝パレードへと続くが、そういうのはまあいい。戦争していれば勝ったら嬉しいのは当たり前。日本が勝っていたら日本だって戦勝パレードをしたわけだから。問題はここから。


「(原爆は)安全に距離をとってながめるとこの爆発は人類史上最高に美しいものだ。諸君もきっとこう言うだろう。
『なんて美しい・・・どこが危険なんだ?』 
注意してほしいのは3つだけだ。爆発、熱、放射能。
放射能、これだけが目新しいもので、核兵器の使用で生じる。だがじつは3つの中では一番どうでもいいものだ」
映画『アトミック・カフェ』より引用

広島、長崎の被害をアメリカ国民には何も知らせず、ビキニ諸島の住民にはちゃんとした説明もせずに避難させて彼らの島を吹っ飛ばし、キャッスル・ブラボー実験では風に乗った放射能がいくつもの小さな島に住む人たちと、第五福竜丸の乗組員を被爆させ、「一か月もすれば症状は消える」と言ってのける。

この映画を観ると、原爆の被害者はヒロシマ・ナガサキの日本人だけではなく、世界中に大勢いることが分かる。アメリカの核実験で上手いこと言われて騙されて実験台にさせられている米兵や諸島の住民などの姿は、ヒロシマ・ナガサキの悲劇とは別種の悲しさがある。政府は、自国の大義のためには自国の国民すらも欺き、犠牲にするのだ。それもジョークやユーモアを交えながら。戦争で敵に落とされた爆弾で被ばくするのと、自分の政府に騙されて被ばくするのと、どっちがマシかな? どっちも結局は政府に騙されている点では同じかな。

 

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「せっせと稼いでも 全部 税金と請求書に消える
おれの悩みの解決法を見つけたんだってな 
やった やった 水素爆弾だ えーい 落としちまえ 
やった やった 水素爆弾だ 神さま おれだけは助けて」
映画『アトミック・カフェ』より引用

この映画を観ると、原爆や戦争という、人の人生や生き死にを決定付ける重大かつ異常な事態なのに、アメリカ人たちの軽さ、明るさ全開で、その対比が両極端で興味深い。深刻さまるでなし。使用されている大衆ソングの歌詞の内容と曲のキャッチーさのギャップも凄い。
 
すぐに深刻になりがちな日本人に対して、いわゆるアメリカン・ポップっていうのかなあ。奴らは思想もポップですからね、原子爆弾にあだ名をつける的な。戦争に使う戦闘機にバーガ・ガールを描いちゃう的な。撃墜マークを書いちゃう的な。日本に落とす原子爆弾ファットマンに「ヒロヒト天皇に愛を込めて」って書いちゃう的な。クリスマスには戦争もお休みしちゃう的な、およそ日本人の感覚にはないスポーツ感覚。戦争はね、スポーツなんですよ、ヤンキーにとっては。
 
日本人なんて、兵器は天皇からお預かりしたものだから粗末に扱うなんてもってのほか、落書きなんてあり得ませんでしたからね。営倉行きですよ。
 
まあ、日本人のすぐ深刻になってしまう真面目さは、そのまま余裕のなさですからね。アメリカのユーモア感覚から学ぶところはたくさんあります。ちょっとは参考にして、もっと余裕を持った方がいいと思う。思うけど、本家のアメリカ人のポップさは・・・ムカつきますね。
 

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監督はこの映画をフランシス・フォード・コッポラに見せて相談したところ、「分かりづらいからナレーションを入れた方がいい」とアドバイスされて、無視した、という経緯があるというのを何かで読んだ(ソース不明)。これは入れなくて正解。説明とか解説はいらない。そういう意図的なミスリードがあからさまでないところが、この映画の価値を上げていると思う。監督、正解です。
 
 
今回リンクを貼ろうとしたら、もう中古でしか取り扱いがない。( ゚Д゚)
なぜだ!
なぜ私が紹介したい作品はすぐに絶版になるんだ!
こういう作品は販売し続けてほしいのに・・・(T_T)