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古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「極北の怪異(極北のナヌーク)(1922)」~ドキュメンタリー映画の幕開け~

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題名 極北の怪異 (極北のナヌーク)
監督 ロバート・フラハティ
上映時間 78分
制作年 1922年
制作国 アメリカ
ジャンル ドキュメンタリー、モノクロ、サイレント、20's

 

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怠けたら死ぬ世界。

これはドキュメンタリー映画の先駆けとなった作品。

今からちょうど100年前の1919年、カナダ極北の地、ハドソン湾の右岸ウンガヴァに住むエスキモー(イヌイット)の一家族、ナヌーク一家を一年かけて取材したもので、当時、英国ほどの広さの土地に、3000人ほどのエスキモーが住んでいたらしい。

30代くらいなのかなあ。撮影の対象は部族長で狩りの名手ナヌークとその妻ニラ、そして3人の子供達と犬。

映画冒頭がとても微笑ましくてなごむ。ナヌークが漕ぐ一人乗りのカヤックに、子供が一人うつ伏せに乗ってるなーと思いきや、カヤックの中から妻のニラ、ニラがおぶった乳飲み子、長女、犬が次々と現れるのには笑った。掴みはオッケーというところ。出てきたニラと娘が楽しそう。

 

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ナヌークたちは狩りで得た獲物、狐10頭くらいとセイウチ、7頭の北極熊の毛皮を白人の交易商のところに持っていく。100年前のフィルムで見ても、狐の毛皮がすごく上等なのが分かる。真っ白でフッサフサ。ナヌークたちは蓄音機で音楽を聞かせてもらって、子供たちはお菓子をもらう。物々交換みたいだけど、これだけの品物と交換するのがナイフとビーズとキャンディって、ちょっとぼったくりすぎなんじゃない? 中間字幕でも「交易所の品物は高価だ」って出るけど高価すぎるのでは。ぼろ儲けですな。

 

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彼らの生活はシンプルそのもの。見える景色は、草木一本生えていないどころか、一面銀世界。雪と氷と海と空しかない。交易所のシーンは草一面だが、たぶん交易所のあるところがそうなだけで、彼らがそこに住んでいるわけではなさそう。

彼らの毎日は、まさに”今”食べる獲物を探すことに全精力が注がれている様子。食料を求めて極寒の氷原を放浪し、魚を銛でつき、セイウチやアザラシ、狐を狩る毎日。捕まえた獲物は持ち帰らずにその場で解体。丁寧に皮を剥ぎ、生肉に食らいつく。「食べる」というより「喰う」という感じか。解体に使ったナイフを、嬉しそうに舌で何度も舐めるナヌークが生々しい。

食べる物は肉と魚だけなのかな。魚を食べるシーンはないが、捕まえるシーンはあるから食べてるんだろうと思うが、それ以外のものを食べるシーンはない(交易所のお菓子のシーンは別)。しかも生肉で。火をたくシーンは何度かでてくるが、雪を溶かして水を作っているだけのようだ。

釣りのシーン。魚を捕まえる時は氷の上に横になり、ルアーのようなものを動かして魚をおびき出し、銛で突く。取れるのは立派な鮭。

狩りのシーン。狐は生け捕り(超かわいい。毛皮にされるけど)。

セイウチは数人がかり。

海に潜ったアザラシは、20分に一度空気を吸いに浮かんでくるところを捕まえるのだが、分厚い氷に小さな穴が開いていて、どうやらその穴めがけて空気を吸いに来るらしい。誰が開けたの。アザラシ?ナヌーク? いずれにしても、その穴に銛を構えて根気強く待つナヌーク。空気を吸いにやってきたアザラシに、小さな穴から銛を突き立て見事にゲット。銛に付いていたロープだけを頼りにアザラシが弱るまでたった一人で綱引きが続く。家族に合図を送って、やっと助けが来る。ロープは家族に預けて、ナヌークは氷を割って大きな穴を作り、そこからアザラシを引き上げるのだが、そのでかいこと。象かと思ったよ(そこまで大きくはないか)。で、さっそく解体して生のまま食す、と。うわー (゜-゜)。ワイルド。

 

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もちろん犬にも肉を与えるのだが、まず自分たちが食べ終わるまで犬たちには与えていない。犬と言っても、私たちが知っているような愛玩犬では全くなくて、飢えて、牙をむき出して唸っているような、野生むき出しの犬。超恐いの。でも犬たちも、ギラギラと牙をむき出しながらも「待ってる」。そしてようやく肉にありつけるんだけど、一斉にアザラシに飛び掛かってガツガツと喰らいつく・・・とかではなく、ナヌークが一匹一匹に刻んだ肉を与えている。

「すげー。管理してるって感じ。そして徹底している」と思った。

うーん。考えさせられる。誰が主人なのか分からせてるんだなあ。

エスキモーにとっての生活はそれこそ「命がけ」だし、そんな厳しい自然環境の中で生き抜くエスキモーにとって犬はペットではなく労働力だから、こういった厳しい主従関係を築くのは、当然のことだろうと思う。

でも犬を畜生として見下して扱っているかといえばそうでもなくて、子犬を自分たちの子供と同じように扱っている。
まあ、飢えた親犬に食べられるらしくて、それでは橇を引いてくれる労働力がなくなる。だから守って育てるのは当然なのかもしれない。
でも家の中(イグルーの中)では寒くないように部屋の隅に穴を掘ってちょっとした犬小屋みたいなのを作り、ゴザみたいなのを敷いてあげて、しかも保温効果を狙ってのことだと思うが雪の壁で囲ってあげてって、ただの「自分の財産だから」以上の愛情を感じた。犬を愛玩として飼っている現代人がどうのこうのと言える関係ではないと感じる。


住まいは使い捨て(拠点となる家があるのかは、映画では分からなかった)。
雪をブロック状に切って積んで作るイグルーと呼ばれる住居に住んでいるのだが、これをセイウチの牙で作ったナイフ一本だけで、しかも小一時間でできる。人間って、天才。
さらに15cmくらいの厚さに切り取った氷をイグルーの壁面にはめ込み、明かり取りの窓にするアイディア。太陽光を室内へ取り込めるように、窓のすぐ脇に雪の壁を立てて光を反射させる念の入れよう。これにはまいった。
さらに驚いたのは、氷点下の暮らしなのに寝るときは上半身裸になるのね。毛皮を布団のようにかけるとはいえ、裸で寝るとは驚いた。

 

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ところで、特にニラを見て思う。絶対に日本人と親戚だよね。
絶対に同じ祖先を持っていると思う。インディオと同じ、日本人の遠い遠い親戚。


彼女のキャプションが「微笑みの女」と出るけど、本当に純粋な笑顔。誰かを騙して自分だけ得しようと思ってる人間がいるなんて、夢にも思ったことが無いような笑顔。可愛い。きれい。


この映画を観ると考えさせられるのは・・・そう、彼らは幸せそうなのだ。

この撮影の2年後にナヌークは飢えで死んだとあるように、現代人とは全く違う種類の、過酷な人生だ。
でも彼らは無邪気で邪心のカケラもなさそうな笑顔で、何の不満も不安もなさそうだし、この運命を、自分の人生を、誰のせいにもしなさそう。

この曇りのない笑顔は、今日と明日のことくらいまでしか考えない、今この瞬間を生き抜くことだけに全精力を傾けているから出来るのかなあ。


私は別に、こういう生活に憧れたりするわけじゃない。

でも、5年後10年後のこと、老後のこと、老後の孤独と生活の不安などをあれこれと考え、「今から準備しとかなくちゃいけないんだろうなあ」って思って今この瞬間を全然楽しめなくている私は、ナヌークやニラの笑顔と、家族全員一丸となって今日の糧を全力で探す日々が羨ましい気持ちになる。

そして悲しくなり、ちょっとだけ考えてしまうのだった。

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