エムログ

名作から駄作まで、見た映画の感想を正直に片っ端から記事にする、古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

東日本大震災の時に私がショックだった事のひとつ

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あの時、私は関東平野にいたのだが、それでも地震はすごかった。立って歩くことができなかった。今まで経験したことのない揺れだった。

地震の瞬間は職場である病院で、座ってPCに向かって会計を出していたのだが、状況をよく呑み込めず、私は立ちあがって待合室に出ようと思ってよろけてカウンターに手をついて、それでも安定せずよろけて、そして笑っていた。

私が座っていた席の真後ろすぐのところにはドッシリとした書類棚があり、後で思えばあの書類棚が、もし扉が開いて中身が飛び出して来ていたら、もし棚自体が動いていたら、私にとっては大惨事になっていたかもしれない。

でも幸いそういうことにはならなかった。


そして私個人の被害としては、自宅の本棚から本がすべて飛び出していたこと、本棚を支えていた「突っ張り棒」がものすごく緩んでいて驚いたことくらいで済んだ。「これを機会に大掃除するか」みたいなレベルで済んで、幸運だった。


ついでにあの日で最も印象に残っている出来事を書いておく。

3・11当日は、電車が止まってしまったために職場から帰宅できなかった。職員の中には「歩いて帰る」という猛者もいた。もしかすると私も歩いて帰れなくもない距離なのかもしれないが(3~4時間くらい歩けば着くのかもしれない)、翌日以降のダメージをかんがみればロクなことにはならないことが予想されたから無謀なことはせず、素直に職場である病院に泊まることにした。

すると、残った職員たち10人くらいで酒盛りが始まったのである。

待合室のモニターに写る地震や津波の映像を見ながらピザを食べ、ビールを飲みはじめた姿を見た私はびっくりして衝撃を受け、とても参加する気分になれず、大分離れた待合室の柱近くの椅子に横になって、じっとモニターを見つめていた。

そのTVに映る光景は、今まで見たことがないものだった。「来る、来る」という割にはなかなか来なかった津波だが、来たらみるみる大地を飲み込んでいった。海辺では火災が起こり、コンビナートが燃えていた。こんな、これほどの災害を、かつて日本は経験したことがあるんだろうか。日本はじまって以来くらいの規模なんじゃないの・・・感情がない感じで、ただただ呆然とモニターを見つめていた。

すると院長が「m~、こっちこないのか」みたいなことを声掛けしてきてくれたのだが、私はとても参加する気持ちにはなれず、「いいです」と言ってひとり、自分の殻の中に引きこもるという、まるで傷つきやすいティーンエイジャーのような振る舞いをしてしまったのだった。



・・・あとで考えれば恥ずかしいことのような気もする。

自分だけ繊細ぶっちゃったかな。なんか中2病ぽいな。自分だけナイーブになっちゃって、恥ずかしいような気がするな。

彼らにとっては酒盛りでもなんでもなく、ただ毎日しているように晩酌をしながら買ってきたピザを食べ、今日のニュースを見るという、ごくごく普通の行動だったのかもしれない。私は晩酌の習慣がないからな。

でも、やっぱり私は、集団で車座になり、談笑しながら映像を見ることはできなかった。彼らを見てショックだったのは事実だし、私はあの輪に入れる程コミュニケーション能力は高くない。高くなりたいとも思わないから、自分にとってはあの行動でよかったと思う。私らしかった。あそこで仲間に入っていたとしたら、他人事のように画面を眺めながらビールを飲んで愛想笑いかなんかして、そしてそんな自分を嫌いになったかもしれない。だから後悔や反省はない。

過ぎてしまえばちょっと気恥ずかしい気もするけど・・・・いや、やっぱり恥ずかしくない。だってそう思ったんだもん。

 

でもやっぱりちょっと引っかかる。あの時の私ってどうなんだろう。いまだにあの時のことを思い出して、あの時の私はどうなんだろう、分かんないな、なんて言ってる私ってどうなんだろう。

だからこの10年のタイミングで、このどっちつかずの気持ちを、あえて書いておこうと思った次第。


ただそれだけの、ほんとに自分のためだけの記事です。