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名作から駄作まで、見た映画の感想を正直に片っ端から記事にする、古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

映画「ブロードウェイ(1941)」 今なら大炎上かな。ミッキー・ルーニーとジュディ・ガーランドの青春ミュージカル。

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題名 ブロードウェイ
監督 バスビー・バークレー
出演 ミッキー・ルーニー、ジュディ・ガーランド
上映時間 118分
制作年 1941年
制作会社 MGM
制作国 アメリカ
ジャンル 青春、ミュージカル、スター、モノクロ



当時いくつか作られた「裏庭ミュージカル(backyard musical)」の中の一本。あの『ザッツ・エンタテインメント(1974)』という有名なミュージカル・アンソロジー映画でも紹介されています。

お金はないけど夢はある、売れないミュージカル俳優たちが「じゃあ自分たちでミュージカルを作っちゃおうぜ!」と盛り上がっていく映画で、若者たちの溌剌とした善意と野心が光る青春映画です。

導入部分のストーリーを今風に例えてみれば、スターを夢見て地下アイドルをやっている女の子が、ある日坂道の今野さんと出会って「秋元さんに紹介してあげる。オーディションをやるから参加しなよ。秋元さんに気に入られたら新しい坂道に入れるよ。でも他の子には内緒だよ」と言われて舞い上がって、黙ってられなくってツイッターでつぶやいたらアイドル志願者がわんさかオーディションに集まっちゃって秋元康が怒っちゃったので、仕方なくみんなで新しいアイドル・グループを立ち上げる、みたいな展開です。

でも少しだけ当時の社会情勢とか人間風刺も効いているところがミソ。善意ってほんと? 利己的なやつなんじゃあないの?とストーリーは展開していきます。

登場人物の見どころはミッキー・ルーニーとジュディ・ガーランド コンビの可愛らしさ。二人とも身長が同じくらいでおさまりが良くて、やけに可愛いカップルです。私は名コンビだと思ってます。


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****** あらすじ ******
大スターを目指す売れない役者トミー。トミーは仲間と一緒にニューヨークの食堂で小さなショーをしていたが、突然店が潰れてしまう。最後の女性客が自分たちに5ドルも置いていったことを知ったトミーはお金を返そうとするが、逆に勇気づけられることに。彼女の名前はジョーンズ。トミーは彼女に「NYを案内する」と約束する。

新しい仕事は見つからず、売れない役者が集まるPA食堂へ行くと、トミー宛に大手のソーントン・リード事務所から「6時までに来い」と連絡があったことを知る。大慌てで事務所に向かうと、そこにいたのはジョーンズさんだった。実はジョーンズさんは業界では有名なプロデューサーで、オーディションにかこつけてトミーたちを超大物のリードさんに紹介することにしたのだった。

「誰にも言っちゃダメよ」とジョーンズさんにクギを刺されていたにも関わらず、PA食堂に戻った三人は、浮かれて仲間の役者たちにオーディションのことをべらべら喋ってしまう。そこでトミーは泣いている可愛い女の子ペニーと出会う。ペニーを家まで送ったトミーは彼女をすっかり気に入ったし、不遇な子供たちの世話をしているバーバラとも知り合う。

翌日、オーディションの日。三人がぺらぺら喋ったおかげで会場は大勢の役者でごった返していた。リードさんは機嫌が悪いし、三人は気に入られず断られてしまう。そこでトミーは「自分たちで芝居を作ろう。予算はないけど、誰も文句をつけようがないお涙頂戴の大義名分を利用すればいい宣伝になる」と思いつく。

その頃バーバラは、子供たちを喜ばせるため田舎に連れて行く計画が反故にされてしまい意気消沈していた。打ってつけの大義名分を見つけたトミーは慈善活動の名目でショーを企画し、持ち前の機転と話術で着々と成果を上げていく。ペニーもトミーを頼もしく思い信頼を寄せ、ショーの成功に向けて一緒に活動していた。

そこへさらに英国から来た難民の子供たちを歓待するイベントが発生する。トミーはそれも利用し、自分たちの名声を高めようとするが、ペニーはトミーが自分の野心のために子供たちを利用しているだけなのではと気が付いた、徐々にトミーから心が離れていってしまう。

ラジオの企画が当たったトミーはジョーンズさんから再びフィラデルフィア行きのチャンスを得るが、ペニーは子供たちのために自分は行かないと言い出す。頭を抱えるトミーだったが、子供たちのピュアな好意に感動して考えを改め、フィラデルフィア行きのチャンスを捨て、今度は仲間たちのために舞台を成功させようと奮闘し始める。
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先に断っておきますが、監督をしたバスビー・バークレーといえば「バークレー・ショット」と言われる万華鏡のようなシーンが有名ですが、この映画ではお目にかかれません。そういう華やかなミュージカル・ショー!!といった映画ではないのです。どちらかというとかなり低予算な感じです。

子役出身のミッキー・ルーニーとジュディ・ガーランドは、コンビを組んでいくつも映画に出ています。今作はそのなかの一本です。
 
ぜんぜん難しい映画ではないので、単純にミッキー・ルーニーとジュディ・ガーランドが楽しそうな姿を見てほっこりする、でいい映画だと思います。


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私はミッキー・ルーニーが好きなので、彼が楽しそうにはしゃいでいる姿を見るのは嬉しいです。ちょっと大げさかもしれないくらい表情をくるくる変えて、身振り手振りも意気揚々で、「これぞ溌剌とした若者代表!」という感じですごく張り切っていて可愛い。

体もよく動くし、ぴょんぴょん跳ねて、まるでディズニー・アニメの登場人物みたい。ジーン・ケリーとかもそうなんですけど、人間なのにアニメみたいな動きをするって、すごくないですか? まあ、もしかするとディズニー・アニメの方が、こういったミュージカル・スターの動きを参考に、アニメーションを付けているのかもしれないのですが。

あと、背が低いっていうところも良い。でも正直言ってミッキー・ルーニーって「おじいちゃん」みたいに見える時もあって年齢不詳ぽさもある。実際若いし、童顔だと思うんですけど、目の周りとか皺っぽかったりして、微妙におじいちゃんなんですよね。アメリカ人に時々見られるやつ。若者なのに老化現象が発動してる。

でも、でもね、可愛いんですよ。漫画みたいで。必見です。


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そんなミッキー・ルーニーに並んでいるジュディ・ガーランドは、言わずと知れた『オズの魔法使(1939)』のドロシー役が有名な大スター。スターになる前もスターになった後も、ルーニーとコンビのように映画に出ていて、幼馴染みたいでいい感じ。

ガーランドは「顔がすごく可愛い」とか「すごく美人」というタイプじゃなくて、とても身近な親密さを感じさせる女優です。スーパー・スターすぎるほどのスーパー・スターなのですが、それなのに庶民的な印象があるところが尊いです。ぜんぜん敷居が高くない。職場が同じだったりしても仲良くなれそう。

ガーランドはモデルのように瞬間を切り取って美しいフォトジェニックなタイプではなく、写真よりも映画で見た方が彼女の魅力が伝わってくるタイプ。歌ったり踊ったり笑ったり、くるくるくるくる表情を変えて、動くことでどんどん可愛らしく見えていくタイプ。女優は後者の方がずっと向いているので、ガーランドは女優の魅力があふれてるわけです。

だからこの記事のキャプチャを見て、「そんなに可愛いかな」とか「大したことない」とか言ってはいけません笑。映画を観れば、彼女のチャーミングな魅力が分かるはず。

この同じくらいの背丈の若き日の二人が楽しそうに歌ったり踊ったりしているところを見ると、なんだかホッとするというが、ほっこりします。

何度も言いますけど、このコンパクトな背丈が「永遠の若者」っていう感じで重要なんですよー。「子役」そして「子役の延長」っていう感じで安心するんです。分かるかなあ。


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・・・ところで映画の内容ですが、基本はどってことのない青春ミュージカルなんですが、そうは言ってもちょっとだけ意味ありげな展開もします。

「偽善か偽善でないか、だれが一番偽善かな」という感じで映画は進むのですが、出てくる人がみんな基本的に善人なんですよね。だからみんなが偽善者候補というね(笑)
 

映画撮影当時の時代背景はというと、たぶん日本とアメリカがまだ開戦していない時期だと思うんですよね(太平洋戦争ですね)。1941年12月8日に真珠湾攻撃で、映画が公開されたのが1941年12月31日だから、撮影している時って開戦していない(たぶん)。ということはアメリカはまだ参戦していない時期ということになります。

この映画で「難民」みたいな扱いを受けている英国の子供たちは、第二次世界大戦中の1940年から1941年にかけてドイツが英国に対して行った大規模空襲「ザ・ブリッツ」の被害者で、まだ参戦していないアメリカに疎開にきている子供たちなわけです。そして祖国の英国には子供たちの両親とかがいて、トミーの企画した短波放送を通じて両親と久しぶりに会話ができた子供たちは、それで涙を流しているわけです。

その短波放送でガーランドが歌う歌の歌詞の中にブリッツという言葉が何度もでてくるのは、「ドイツの空襲なんかに負けないで」と歌っているわけです。ラジオの向こう側にいる同胞である英国人を鼓舞するような歌になっている。

そういう時代背景で、ペニーとバーバラの二人の少女は子供たちに夢と希望を与えたいと思ってるわけです。


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でもトミーは自分の舞台の成功に囚われていて、戦時下で孤独な子供たちを利用して自分の名を上げようとする。トミーは「いいこと思いついちゃった!あったまいいー」くらいに思ってるだけなんですが、結構しっかりと子供たちを利用している。

そこをペニーに幻滅されてしまった。


でも・・・でも、私はトミーは別に悪くないと思うんですよね。

私は基本的に、「男の人は自分の力量を知りたいと思っているだろう。たとえ失敗したとしても、自分がどんなもんなのか、どの程度なのか、自分の判断で試してみたいと思うものなのではないか。たとえ失敗してどん底に落ちるとしても、それでも試してみたいのではないか。だとしたら女の言う事なんぞに惑わされずに突き進み、そんな自分と一緒に頑張ってくれる人、応援してくれる伴侶を探した方がいいのでは」と思っています。

男ではなく女である私も、実は同じように思っています。上の台詞の「男(の人)」を「私」にして、「女」を「他の人」とかに置き換えて、断定口調にすれば、そのまま私の気持ちにドンピシャです。私は、私がどんなもんなのか、どの程度の人間なのかを知りたい。

だから今の時代はもはや「男」とか「女」とかではなく、そう思う人と思わない人がいるね、という、ただそれだけの話になったわけです(良いこと)。


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だから私は映画を観ていて、トミーは自分の夢をどこまでも求めて行ってほしい、行くべき! と思いました。
 
トミーとペニーが引き抜かれるのは当然。才能があるんだから。自分の能力と努力が認められてチャンスをつかむのがダメなら何のために頑張ってんの? 歌手になりたかったんじゃないの?

それなのにペニーったら、子供たちがどうのとか、みんなで仲良くゴールしたいとか、みんなと出来ないんならプロになんかならなくていいわとか言い出す。

ペニーはいい子ちゃん、周りも子供たちを田舎に連れていく費用が最優先みたいな感じで誰もトミーに「あとは俺たちに任せてお前は行けよ」みたいなことも言わない。結局トミーもきれいごとで夢をあきらめた。でもトミーは明らかに我慢してるし、途中で後悔したりもしている。
 
映画はどう転んでもハッピーエンドなのでいいんですけど、現実だったらたぶん二人は上手くいかないでしょう。
 
ということで出てくる人が全員偽善者なのですが、とはいえこの映画は別に難しく考えるような映画ではないので、これはこれでいいのです。


それに映画の終わり方も、これは今だと相当物議を醸すだろう演出ですが、気にしてはいけません。80年前の映画ですし、見れば分かりますが悪意はまったく感じられません。私は「楽しい、可愛い」と思いました。
 
いわゆるミンストレル・ショー(黒塗りショー)ですが、この頃はこういうのありだったんだなー、と思えばいいのです。気になる方は見てみてください。
 
 
今回はこのくらい。じゃねー。


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☟ 「ブロードウェイ(1941)」はこのBOXに入っています。

 
 


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