エムログ

名作から駄作まで、見た映画の感想を正直に片っ端から記事にする、古い映画感想ブログです。驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

映画「ビッグ・ウェンズデー(1978)」 主役3人を見守る女性たちが女神だったサーフィン青春映画


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題名 ビッグ・ウェンズデー
監督 ジョン・ミリアス
制作 バズ・フィッシャンズ
脚本 ジョン・ミリアス
出演 ジャン・マイケル=ビンセント、ウィリアム・カット、ゲイリー・ビジー、リー・パーセル、パティ・ダーバンヴィル
上映時間 119分
制作年 1978年
制作国 アメリカ
ジャンル 青春、海、サーフィン、ベトナム戦争



海、サーフィン、パーティ、酒、女の子、上半身裸の筋肉男、金髪、悪ふざけ、喧嘩、サーフ・ミュージック。

そんな青春を謳歌していた若者たちに時代の波が押し寄せ、青春が決定的に終わっていく。世の中は安全志向になり、ベトナム戦争がはじまり召集令状が来て、海とサーフィンにのめり込んでいた男たちの中には目的を失い自暴自棄になるものもいる。そして戦争が終わり、友人の死や愛する者との別れなどを経験し、彼らは徐々に大人になっていく、という話。

映画のラスト20分間にも及ぶ、伝説の大波ビッグ・ウェンズデーに挑むサーファーたちの映像だけでも見ごたえ十分。


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****** あらすじ ******
1962年、カリフォルニア、夏。マット、ジャック、リロイの三人は、毎日サーフィンに明け暮れ、夜は仲間や女の子たちとパーティをし、翌日は二日酔いのまま波に乗る日々を送っていた。サーフィン界の大スターであるマットにはペギーがいて、ジャックにはサリーという彼女が出来たし、乱痴気騒ぎにも目をつぶってくれるジャックの母親や、ボード作りの職人ベアーにも暖かく見守られていた。彼らの夢は伝説の大波、ビッグ・ウェンズデーを乗りこなすこと。いつかまた必ずやってくると信じて波を待っている。

1965年、秋。ジャックは海の監視員の仕事につき、ビーチでボードを作っていたベアーは立派な店舗を構えていたが、何が気にいらないのかマットは波から離れ酒におぼれていた。そんな彼らの元にベトナム戦争への召集令状が届き始める。みなあの手この手で徴兵拒否に動くが、ワクサーとベアーは徴兵に取られ、ジャックは志願してベトナムへと赴く。

1968年、冬。ワクサーは戦死し、マットは仕事を見つけて働き始めていた。そんなマットをペギーは暖かく見守っている。ようやくジャックがベトナムから帰還する。マットは時々海に入るようになっていたが、ベアーは店と妻を失い酒におぼれていたし、サリーは他の男と結婚していた。久しぶりに3人そろったマット、ジャック、リロイはワクサーの墓を訪れ、献杯を捧げる。

1974年、春。10年以上待ち続けた憧れの大波、ビッグ・ウェンズデーがビーチにやってきた。マット、ジャック、リロイの三人は大勢の野次馬やファンが見守る中、ビッグ・ウェンズデーに挑んでいく。マットの手にはかつてベアーがマットのために制作したボードがあった。
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映画に出てくるサーフボードのお店「ベアー」は実際にあるお店。それも元々「ベアー」というブランドがあって映画に使われたわけではなくて、映画から現実になったブランド。

でも『フォレスト・ガンプ』に出てくる海老料理の店「ババ・ガンプ・シュリンプ」が、映画が大ヒットしたので実際に店舗を作ってチェーン展開したのとは違って、
 
映画の製作と同時に店も商品も実際に作って、映画制作中からオープンさせて、映画の公開と共にブランドも宣伝して、両方ヒットさせたという経緯。映画が公開されたときにはもう店もあるよと、そういう展開。
 
それでいまだに人気のあるブランドなんだから大したもん。


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カリフォルニアの日差しが美しい


そんな風にもサーフィン界で有名なこの映画の魅力を支えているのは、カリフォルニアの青い空と海というロケーションの美しさや西海岸が持つ特有のエネルギーであることは間違いない。
 
でももちろんそれだけでなく、登場人物の暖かさがちゃんと伝わってきたところが大きいと思う。

誰が良かったって、三人を見守る女性陣が魅力的だった。

映画は「夢を追いかける、いつまでも大人になりきれない男性陣」に対して「それを暖かく見守る女性(全員ではないが)」という、やっぱりありがちな設定なのだけど、ありがちで全然いいと思う。


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最悪の予感


まず映画序盤の三人がまだ悪ガキ時代、これまたアメリカの青春映画でよく見かける「自宅で繰り広げられる若者たちの乱痴気パーティ」のシーンで出てくるジャックのお母さんが良かった。

自分の家が、ガキどものパーティ会場になってしまうという不幸に見舞われ、20人以上はいそうな悪ガキたちが酒を飲み、爆音で音楽をかけ、ソファでいちゃいちゃするわ、ベッドでセックスしようとするわ、家具は壊すわ、もう大騒ぎ。

さらに「あそこでパーティやってっぞ」と呼んでもいない奴らが大挙して押し寄せ大喧嘩になるという、さらに ”あるある” の展開に。家はめちゃめちゃになる。

それなのにジャックのママは「テーブルは壊しちゃだめよ」と言うくらいで、叱るでもなく別の部屋で本を読んでいる。結局そのテーブルは壊されちゃったぽいのに、それでもジャックのママはただ「あらあら」「おやまあ」といった感じで、ジャックを怒ったりジャックの友達を追い出したりはしない。

10年以上経って、ビッグ・ウェンズデーが来ることを知ったマットがジャックを誘いに家に行ったとき、ジャックのママに昔散々迷惑かけたことを懺悔する。「昔はヤンチャしちゃってて、あんなことやった、こんなことやった、でもアイロンにおしっこしたのは僕じゃありません」と告白するんだけど、そのときのママも「いけない子ね」って顔したり、「あらあらそんなことまでしてたの」という顔したり、でも「そんなあなたたちが好きだったわ」みたいな、そんな対応をする。

私はこのママ、すごく好きな感じだった。


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なんか始まったわね


このジャックのママを演じたのが、バーバラ・ヘイルという女優さん。彼女は1970年の『大空港』で、主人公のバート・ランカスターの姉で、その上もう一人の主人公ディーン・マーチンの妻という役柄で出演している。

私この映画見たし、記事もあげているけど、彼女を全然思い出せない。この映画はどっちかというとそれぞれの妻よりもそれぞれの愛人にスポットが当たってる映画なので、あんまり出番がなかったのではないかと思う。

『大空港』自体はパニック映画ブームがくる直前に公開された映画で、地味な印象。ブームの火付け役になった『ポセイドン・アドベンチャー(1972)』とか『タワーリング・インフェルノ(1974)』のような派手さはないけど、その派手じゃないところが味わい深い。
 
1972年以降に作られたパニック映画しか見たことのない方からすると、気品すら感じるのではないかしら。私は好きで、おすすめの映画です。

 

www.mlog1971.com

 



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そしてもう一人、マットの彼女のペギーもよかった。こんな女神みたいな女いる? と思った。

最初からマットの彼女で登場してきて、そのうちに妊娠して、そのあともずーーーっとマットと付き合ってる。程よくノリが良くて一緒に遊べて、でも尻軽じゃなくて、最高じゃないですかね。

妊娠したのをみんなもいる前でマットに告げるけど、重くならないように気を付けながら、嬉しそうにそれを報告する。

たぶん、ペギーはマットがどういう反応するか分からなくて不安もあったと思うけど、マットの反応がどうであれ「産んで育てる」って決めていたみたい。マットの返事を待たずに「自分は嬉しい」という気持ちを表していたもん。そしてジャックの彼女のサリーに「産むの?」って聞かれて、「もちろんよ!」って言っていた。あたりまえでしょって、決意を感じた。

マットの方はというと、これがあんまりよく分からない。「うあー、これはもしやマットの顔色が変わるパターンかな」と思いきや、マットはいたって軽く受け止めてた。
 
ちょっとだけ「まじかよ」って顔してたけど、かといって嫌そうでもなく、待ってました!って感じでもない。「まじかよ、まいっか」って感じ。

たぶん、まだ波に乗ったりして遊んでいたいし、まだ大人になる気なんてなかったけど、でもペギーと一緒にいることは決めてたし、まだ自分は覚悟決めてなかったけど、でもどうせそのうち覚悟決めるんだし、思ってたよりちょっと早かったけどまいっか、という感じかと思った。


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ところで途中でマットがやさぐれちゃって、海から遠ざかっていったのはなぜなのかが、私にはよくわからなかった。
 
召集令状が来たから自棄になったのかとも思ったけど、その前から波には乗ってなかったみたいだし、スター扱いされるのが嫌だ!とか言っていたけど、それが理由で海に入るのが嫌になったというのもなにかしっくりこない。
 
映画の初めの方で、サーファーが危険な波に乗らないようにビーチに監視小屋を置き始めて、世の中が安全志向、管理志向になっていったような描写があるので、それが原因かもしれない。
 
でもこの映画はマットのことをあまりちゃんと説明しないから、私にはよく分からなかった。
 
私にはなんでかよく分からなかったけど、とにかくマットは海に入らなくなって、やさぐれて飲んだくれて乞食みたいな恰好していたり、自棄になって事故を起こしたり、自分のところに来た請求書をペギーに渡したりしていたので、まあちゃんとした責任感のある大人の男ではないのは間違いない。

それなのにペギーはマットをずっと優しく見守ってる。見守り続けて、これからもずっと見守り続けていきそう。請求書も黙って受け取って、文句なんか一言もないの。

ペギーはサーフィンに夢中なマットが好きだし、サーフィンだけやってくれればいいとさえ思っていそう。
 
マットを海へ戻そう、海へ戻そうと、ビーチハウスに引っ越すことを提案したり、サーフィンのドキュメンタリー映画にマットの映像が使われていると知れば「あなたの雄姿を娘に見せたいわ」って言って、三人でその映画を観に行っているシーンなどを見るとそう思う。

ドキュメンタリーで使われたマットの映像はわずかで、それでちょっとがっかりしているマットを見つめる視線も愛にあふれていた。「マットは波に乗っている時が一番幸せだ」って思ってるんだろう。

マットがまた波に乗る日が来るのをずっと待って、うるさいことも言わずにずっと待っていたペギー。

女神!! (´Д⊂ヽ


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そして最後、ビッグ・ウェンズデーに挑みに行くマットを見送るペギーもよかった。

マットは映画で自分が使われているシーンが少なくて、おまけに今現在スターのロペスばかりがクローズアップされているのを見て悔しかったのか、だんだん海に戻っていったみたい。

だからビッグ・ウェンズデーが来るとなって、それに挑みに行くんだけど、彼女、見に行かないんだよね・・・「気を付けてね」とだけ言って、二人で笑顔になって、それでペギーは家に入っちゃう。
 
ああ、マットが海に行くのがまた当たり前になったんだな、って思った。

ペギーはマットを愛しているから、マットは好きなことを好きなだけしていいって思ってるし、ずっと波に乗ってほしいと思ってるし、万一その結果死んでしまってもそれがマットにとっての幸せならそれが一番いいって、そんな風に思ってるんじゃないかな。

マットの人生がマットらしく、マットの望むようになることを心底願ってるって感じなんだろうな、と思った。

なんて素晴らしい女性なんだろうって、そう思った。
 
というわけで、私にとってこの映画は、海でも波でもサーフィンでも波に魅せられた男たちでもなく、この二人の女性の素晴らしさが最も印象に残る映画だったのでした。
 
なかなか心に残る、いい映画だったな。
 
おしまい。


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