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【映画まとめ】どれも傑作「ノートルダムのせむし男」実写映画3作品 比較記事




mです。

今回はあの有名なヴィクトル・ユゴー原作『ノートルダム・ド・パリ』を映画化した作品3つをご紹介します。

本当は映画化3回、テレビ映画化2回、アニメ化1回と、テレビ映画とアニメを含めると6回も映画化されているのですが、テレビ映画版はDVDになっておらず、アニメ版は有名ですが私はディズニー・アニメがキライです。なので実写3作品のみの取り扱いとなります。

元が有名文学ですし、生まれつき奇形に生まれてしまった男の報われない愛がテーマということで割と重いけれど、難解な作りにはなっていないのでぜひ気楽に見てみてほしいです。

コミカルに振った1923年版、重厚かつドラマティックな1939年版、客観的かつ公平な視線の1956年版という感じで、3作品負けず劣らずの傑作ぞろい。あとは好みの問題だと思うのでランキング形式にはせず、制作順にご紹介します。






基本のキ:原作『ノートルダム・ド・パリ』について 主な登場人物とあらすじ


原作は1831年に出版された、フランスの有名な作家ヴィクトル・ユゴーの『ノートルダム・ド・パリ』です。言わずと知れた名作ですが、私は未読です(読んでみたいとは思っています)。

本は未読なのですが、映画は3本とも見ているので、映画を楽しむうえで押さえておきたい基本的な情報をまとめてみます。


まずは登場人物ですが、中でも特別なキーパーソンは、


カジモド ノートルダム大聖堂の鐘つき男。背中と目の上に瘤があってすごく醜い。捨て子だったが聖職者のフロロに拾われ、大聖堂で育つ。あまりにも醜いので大聖堂の外へは出たことがほとんどない。大聖堂の壁を伝って移動するなど、「どこが障害者やねん」と思うほど超人的に運動神経がいい。原作だと20歳の設定。

エスメラルダ 美しいジプシーの娘。ヤギのジャリが相棒で、ヤギに数字を当てさせる大道芸で生活している。美人で溌剌としているのでモテモテで、騎士フェビュス、カジモド、聖職者フロロから惚れられ、特にフロロに執着される。でもエスメラルダは女たらしのフェビュスに夢中。原作だと16歳の設定。

クロード・フロロ 聖職者でカジモドの養父。神に仕える身でありながら世俗の女エスメラルダに執着してしまい、モノにしたくて仕方なくてめちゃくちゃ葛藤したあげく、聖職者としてというより人としてどうかと思うような所業に打って出る。原作だと36歳。

フェビュス 騎士。近衛兵の隊長。キザで颯爽としていて女たらしで自信満々の男前。貴族の娘の婚約者がいるくせに、エスメラルダにもちょっかいをかけてフロロに刺殺される。

ピエール・グランゴワール おしゃべりの詩人。盗賊たちの集落「奇跡御殿」で絞首刑になりかけたところをエスメラルダに助けられ、仮の夫婦となる。ペンの力で民衆を動かすなどインテリな面もある。原作だと26歳。


とりあえずこの5人を押さえておけば大丈夫。


そして簡単なあらすじはこんな感じ


物語の舞台は15世紀のパリ。ノートルダム大聖堂に捨てられていた赤ん坊が助祭長のフロロに拾われ、カジモドと名付けられて育てられます。

20年後、大聖堂の広場で催された祭りで踊るジプシー娘エスメラルダに一目ぼれしたフロロは、カジモドに命じてエスメラルダを誘拐しようとしますが、騎士フェビュスの邪魔が入って誘拐は失敗に終わります。そのせいでカジモドが捕まってしまい、エスメラルダは自分を救ってくれたフェビュスに恋してしまいます。フェビュスもエスメラルダを気に入り口説き始めますが、フェビュスには貴族の婚約者がいて、すごい女たらしでした。

一方、捕まったカジモドは広場でさらし者にされますが、エスメラルダだけは優しくしてくれます。生まれて初めて女性に優しくされたカジモドはエスメラルダに恋をします。

フロロ、フェビュス、カジモドに愛されたエスメラルダでしたが、彼女はフェビュスに恋していて、それを知ったフロロはエスメラルダと逢引するフェビュスをナイフで刺して逃げます。現場にいたエスメラルダが捕えられ、ヤギを飼っていたことから裁判は魔女裁判&動物裁判に発展し、死刑が決定します。

エスメラルダが危機に陥ったことを知ったカジモドがエスメラルダをさらい、大聖堂内にかくまいます。治外法権の大聖堂内には国王ですら手が出せないことからエスメラルダは安泰と思われましたが、フロロがエスメラルダを奪うよう民衆をたきつけて、自分のものになるようエスメラルダに迫りますが拒絶されます。

エスメラルダに拒まれたフロロは、彼女が誰の手にも渡らないようエスメラルダを処刑します。エスメラルダの死を知ったカジモドは、フロロを大聖堂の塔から突き落として殺害します。

数年後、エスメラルダの白骨死体に奇形の白骨が寄り添っているのが発見され、発見者が触ると骨が砕けて砂になり、風に舞って散っていきます。

と、大筋はだいたいこういう話。


では、本題の映画の方をご紹介します。3作品それぞれ特徴があって、失敗作がないという素晴らしいケースです。




『ノートルダムのせむし男(1923)』
(原題:The Hunchback of Notre-Dame)





おすすめ度 ★★★★ 

笑える『ノートルダム・ド・パリ』。初映画化にしてコミカルでユーモラスな異色作。


いわゆるロン・チェイニー版。最も最初に映画化された作品ですが、原作のテーマは重いはずなのに、どういうわけか本作はコメディタッチとなっていてかなり微笑ましい印象で、しかも笑えます。

監督はウォーレス・ワースリー、出演はロン・チェイニー(クアシモド)、パッシイ・ルース・ミラー(エスメラルダ)、ノーマン・ケリー(フェビュス)、ブランドン・ハースト(フロロ)。上映時間は100分の、モノクロ・サイエント映画です。

カジモドはこの映画では「クアシモド」と表記されています。フェビュスもここでは「フォーブス」、フロロは「ジハン」、グランゴワールは「グリンゴア」と呼ばれたりしています。

原作と大きく違うのは、エスメラルダもフォーブスも ”死なない” ところ。その上ラストで二人は抱き合ってハッピーエンドになります。それでそんなイチャイチャした二人を見て悲しみのクアシモドだけは、エスメラルダ救出で負った傷だらけの体で最後の鐘をついて死にます。


エスメラルダとフォーブスのこと


エスメラルダとフォーブスがくっつくのを見て、「そいつアホですよ、大丈夫ですか」と思いましたw。だってこの1923年版のフォーブスといったら、他の作品のフェビュスとは一味違うタイプの女好きで、すごいんですよ、アホで(いや、好きなんですけど)。ほんと映画見てほしい。

出てきた途端に ”女たらし” なんです。終始にやけてるし、エスメラルダを助けて家まで送り届ける道すがら飲み屋に誘って、そこでもう服脱がしてるんです。それにしても「姿勢がにやけている」というのは初めて見ました。

でもエスメラルダの生い立ちを聞くと同情して、脱がしかけた服を元に戻して「家まで送りましょう」とか言って急に紳士になったり、エスメラルダが絞首刑になると知れば絶望して「ギャー!」みたいに大絶叫して、もう死んだと早とちりして寝込んじゃうし、エスメラルダが実はまだ生きていて救出劇が行われると知れば俄然元気になって駆けつけたりして、「人生は恋が全て」といった具合で大騒ぎ。とても忙しい男です。

とりあえず「恋のためなら命がけ」の、戦闘よりも恋に生きるロマンチストな騎士って感じ。近衛兵の隊長に任命されてたけど、ちゃんとできるんでしょうか。


そんなフォーブスで、エスメラルダさん大丈夫ですか、いいんですか、と思いましたよね。でもいいんです。エスメラルダも相当なお調子者だから。

フォーブスは自分の婚約者の家で行われるパーティに、なんとエスメラルダを連れて行くんですけど、「着る服がないわ」「用意してあるよ」というありがちな流れでエスメラルダは服を貰うんですが、それを着た時のエスメラルダの顔の腹立つことといったら!

フォーブスはエスメラルダを「エジプト王家の娘なのです」とかいう設定で婚約者のパーティに連れて行くんですけど、その設定にウキウキと乗っかってる姿もお調子者感満載で、私は嫌い。

だから二人はお似合いなのでした。


クアシモド(カジモド)のこと


そんなエスメラルダに高望みの恋をしたクアシモド。時代が古いのもあってか、クアシモドのメーキャップは「原始人の着ぐるみ」みたいな感じで、それほどグロテスクではありません。毛むくじゃらで、目の上に瘤をつくっていて、動きや表情がだいぶユーモラス。見ているうちに「可愛い♡」と思えてきます。

出だしは誰からも愛されない醜い男で、民衆からもバカにされ嘲られて拗ねちゃって、友達もなくかなり孤独な感じ。そのうっぷんを晴らそうと、祭りで浮かれる民衆に向かって何やら「ばーか、ばーか」みたいな悪態をついて、結構ひねくれてしまっている様子もうかがえます。

でもエスメラルダを巡ってのクアシモドは、ピュアでイノセントな、心根の優しそうな人物として描かれていきます。どんどん愛着が出てきて、だから最後はとても悲しい。

このクアシモドを演じたのは、あの怪優ロン・チェイニー。

彼はこの作品の後「オペラ座の怪人(1925)」でファントム(エリック)役をやって、「メイキャップ俳優」として映画界に大きく影響を与える事になるんですが、どんなにメイキャップをしてもクアシモドの心の動きや思ってることが手に取るように伝わってくる表現力がすごい。サイレント時代特有の、やや大げさな表情や身振り手振りがユーモラスでかわいくすらあって、体中で表現している感じ。心が伝わってきます。


その他の登場人物


他に私がお気に入りだったのは、吟遊詩人のグリンゴア。この人もかわいいです。

だいぶ劇画化されていて、奇跡御殿で盗賊たちに捕まって、例の「絞首刑ごっこ」にあって首を吊られそうになる時も、服とか身ぐるみはがれちゃって下着姿でかわいいです。

そしてフォーブスの家にエスメラルダの手紙を届けに行く場面の食事シーン。お腹が空いて仕方がないからテーブルに乗った料理が気になってしょうがないのに、エスメラルダの事で頭が一杯のフォーブスがなかなか「どうぞ」と言ってくれない。そのおあずけをくらった犬みたいに我慢してる姿とか、許可が出た途端に食べようとするんだけど、夢見心地のフォーブスにことごとく邪魔されるところとか、チャップリン的なコントが繰り広げられて楽しいシーン。


そして卑怯の塊ジハン(いわゆるフロロ)。まー、卑劣です。あの手この手でエスメラルダを手に入れようとするけど、このやり方で女を手に入れても愛がないことは明らかでしょ、というやり方しかしないです。要は女を「所有できればいい」と考えるタイプですね。

このジハン役の俳優の「ほくそ笑む顔」がすごいです。「ほくそえむ」とはまさにこの顔の事。ここまでほくそ笑めるもんですかね。うまいなあと思いました。


ロン・チェイニー版のまとめ


というわけで、映画化された作品の中では最も原作と離れていて(読んでないくせによく言うよ)、かなりコミカル&ユーモラスに仕上がっています。漫画的とでもいいましょうか。話はもちろん間違いなく『ノートルダム・ド・パリ』なのですが、だいぶ違った切り口で、シリアスさは控えめ。

それでも大事なテーマはしっかり押さえているので、ラストの物悲しさは心に来ます。



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『ノートルダムのせむし男(1939)』
(原題:The Hunchback of Notre-Dame)






おすすめ度 ★★★★★ 

極めて重厚。悪魔の論理が炸裂します。時代背景も知りたかったらこのバージョンを。


※ この版は過去に独立した記事を上げているので、ここでは簡単にご紹介。下にリンクを貼っておくので、興味ある方はそちらもぜひ読んでください。


いわゆるチャールズ・ロートン版。2度目の映画化で、前回と比較して格段に重厚で風格さえ感じられる作品になっています。

監督したのはウィリアム・ディターレ。出演はチャールズ・ロートン(カジモド)、モーリン・オハラ(エスメラルダ)、セドリック・ハードウィック(フロロ)など。上映時間は116分、トーキーになりましたが、モノクロ作品です。

こちらの版はフェビュスは死ぬけど、エスメラルダもカジモドも死なない結末。



このバージョンは、ルイ11世とフロロ伯爵がクローズアップされていてとても素晴らしいです。出だしのルイとフロロの会話から早速、色々考えさせられます。元々重たいテーマがある作品ですが、このチャールズ・ロートン版は、このフロロの描かれ方がハンパなく深くて、作品としてさらに深みを増しています。

フロロは聖職者でありながらエスメラルダに執着してしまい、欲望に負けて犯した罪を正当化しようとするのですが、その論理が極めて卑劣です。インテリの卑劣さ。自分の犯した罪を正当化すべく、いわゆる「悪魔の論理」を滔々と主張します。苦しい苦しいフロロの胸の内と、魔女狩りが吹き荒れた中世ヨーロッパの物の考え方がビシバシ伝わってきます。この映画のクライマックスのひとつ、見どころの一つです。

でもフロロは反面カジモドには深い愛情を注いでいたりして、二面性のある人物ともなっています。なにかこう目が離せない、とても興味深い人物像になっていました。


そしてもう一人、ルイ11世にも強めにスポットが当たっているのが、他のバージョンと違うところ。地球が丸いことに理解を示したり、王政を脅かしかねない印刷技術の発明にも好意的、進歩的で、相当魅力的な人物に描かれています。それでいてお風呂に入っていなかったり、迷信を信じていそうなあたりも面白くて、ルイ11世の奥深さを感じます。


さて、主人公カジモドですが、ロン・チェイニー版と比べるとメーキャップがかなりリアルで最初は目を背けたくなるかもしれません(私はそうでした)。でも、見ているうちに慣れます。そしてやや芝居がクサいといいますか、自信なさげで憐れみを誘う表情がねちっこくてウザいですが、それもまあ慣れます。

そして後半大活躍します。どの版のカジモドも、エスメラルダを守るために決死の覚悟で大活躍を見せるのですが、このチャールズ・ロートンはまるでターザンです。ロープで「アーアアー」とは言わないけど、エスメラルダをさらっていってハレルヤハレルヤです(何言ってるのか分からないでしょうが、見ると分かります)。



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よかったら過去記事も読んでください。リンク貼っておきます。

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『ノートルダムのせむし男(1956)』(ノートルダム・ド・パリ)
(原題:Notre-Dame de Paris)





おすすめ度 ★★★★ 

フラットな視点と色味が強めのカラー作品。


いわゆるアンソニー・クイン版。3度目の映画化にして、ようやくフランスで映画化されました(原作者のユゴーはフランス人、物語の舞台もパリ。なのに1作目2作目はアメリカ映画でした)。

監督はジャン・ドラノワ。出演は、アンソニー・クイン(カジモド)、ジーナ・ロロブリジーダ(エスメラルダ)、アラン・キュニー(フロロ)などです。120分のフランス映画で、カラーになりました。

この1956年版が一番原作に忠実で、原作通りエスメラルダが死に、死体は放置され、カジモドが傍らに寄り添い、二人は砂となって風に吹かれます。


邦題に関して言いますと、元々『ノートルダムのせむし男』として公開されていたのが、2017年に日本国内版のDVDが発売される際に『ノートルダム・ド・パリ』に改題されたらしいので、DVDを購入する時は『ノートルダム・ド・パリ』で探してください。

カジモドを演じたアンソニー・クインはメキシコ系アメリカ人、エスメラルダを演じたジーナ・ロロブリジーダはイタリア人なのでかなり多国籍です。ジーナ・ロロブリジーダ演ずるエスメラルダはエジプトから来たという設定のジプシー役だから、褐色の肌に黒い髪と黒い目ということで一般のジプシーのイメージに近いですし、アンソニー・クイン演ずるカジモドも褐色の肌でエスメラルダとのバランスが良いです。すごくラテンな感じ。


前2作と比較すると、登場人物全員を公平に演出している感じで、ドラマチックさがかなり抑えられていると感じました。原作を映画化する。ただ物語を描く。絵的にもメッセージ的にも余計なクローズアップはしない。それがこの1956年版の良いところだと思います。


こっちのカジモドのこと


3作品のカジモドの中では今回のアンソニー・クイン版が最も ”せむし度” が低いです。服の上からでは「確かに弯曲が強いかな」といった程度。”せむし度” だけでなく顔の醜さも控えめで、アンソニー・クインの背の高さや体格の良さも相まって、全体的にソフィスティケートされていると思います。

それに人の憐れみを誘うような、みじめったらしさもぜんぜん感じられませんでした。3作品の中では最も誇り高いカジモド、という感じ。アンソニー・クインはカメラの向こうにいる観客(私)に「同情してもらおう」と訴えることなく、ただただひたすらカジモドを演じていたという印象です。

個人的にアンソニー・クインのカジモドはとても良かった。


次にこっちのフロロのこと


今回のフロロは寡黙で冷静沈着、知性の人という感じで、離れたところから静かにジーっと出来事を見つめているシーンが多いです。

しかも1939年版にあった、ルイ11世との議論のくだりや、クロード大司教と対峙する「悪魔の論理」の場面がごっそりなかったので、少ない言葉の中からフロロの思考や性質を読み取る必要があって、すごく客観的な視点が求められている感じでした。

私たちも外からフロロを眺めてる感じ。

1939年版でも1956年版でも、聖職者でありながら女の魅力に負けて所有欲をたぎらせてしまうフロロの苦悩や、その恋敵を後ろから刺すという卑怯な行為に出た自分、そしてそれを正当化しようとする身勝手な行為はどちらも共通しています。

でも、1939年版ではフロロの卑劣さが強調されていて、1956年版ではフロロの苦悩が強調されていたように思いました。別の言い方をすると、1939年版は「悪魔の論理」そのものがクローズアップされていて、1956年版は「悪魔の論理に至る心理や過程」がクローズアップされている感じがします。

登場人物の中では最もインテリなためか、どちらのバージョンでも非情に複雑な人物です(1923年のジハンは除いて)。すごく興味深い。

1939年版のフロロは「エスメラルダを悪魔に仕立てあげて自分を救おう」という身勝手さが強すぎて同情の余地がないけど、1956年版はひたすら苦悩して葛藤し、信仰との板挟みもあって「ついに悪魔の論理に至ってしまった」という感じで、人間らしさが垣間見えて多少理解できます。

今回のフロロを演じたのはフランスの俳優、アラン・キュニー。1939年版はセドリック・ハードウィック。私はどちらのフロロも良かった。

私は『ノートルダムのせむし男』の登場人物の中ではフロロが一番好きです。複雑で奥深い人物だと思います。


最後にこっちのエスメラルダとフェビュスのこと


演じたのはジーナ・ロロブリジーダ。イタリア人女優で、50年代にハリウッドでもブレイクして活躍した、ラテン系肉体派女優。

1939年版のモーリン・オハラはその知的なお顔立ちもあってあんまりジプシーっぽくは見えなかったですけど、今回のロロブリジーダはしっかりジプシーに見えます。でも男あしらいや男を翻弄する様が似合いすぎてて、純粋無垢なピュアっぽさはオハラの方に分がありそう。

とはいえ原作は16歳設定で、映画はどのエスメラルダもとても16歳には見えませんから、あとは好みの問題かもしれません。私は、、、この中だったらオハラですけど、正直あんまり興味が無いキャラクターなので、この記事でもあまり取り上げていないのはそういう理由です。


あ、あと、フェビュスは安定のクズでした。嫌いじゃないんですよ。でもクズはクズなので仕方ないんです。






まとめ


個人的には優劣のつけ難い3作品。

フェビュスに関しては絶大に1923年版が好きです。だってバカなんだもん(笑) フロロは1939年版。カジモドは1923年版かな。エスメラルダはあんま興味ないです。


しかしこうして3作品見て、そのいずれもがそれぞれ傑作、名作というのは素晴らしい。なかなか無いことだと思いました。

原作の力なのかもしれません。やはり一度読んでみないといけないですね ( `ー´)ノヨムゾ





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