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【映画】「笑ふ男(1928)」 傑作。映画にセリフはいらないのかも。


 
おすすめ度 ★★★★★
 
題名 笑ふ男(The Man Who Laughs)
監督 パウル・レニ 
原作 ヴィクトル・ユゴー「笑う男」1869年
出演 コンラート・ファイト、メアリー・フィルビン、チェザーレ・グラヴィナ
上映時間 110分
制作年 1928年
制作国 アメリカ
ジャンル サイレント、モノクロ、ドラマ、怪奇・幻想、ラヴ・ストーリー
 


バットマンに出てくるあのジョーカーのインスピレイションの源として有名だけど、そんなことはどうでもいい。

そんなうんちくとはまるで関係なく、この映画はとても悲しくて、とても美しくて、とても素晴らしい。

おとぎ話のような明快なストーリーの中に、メロドラマの要素あり、ホラー要素あり、怪奇的でもあれば最後の方はスタントもこなす剣戟映画にもなるという色々な顔を持つ作品になっていて、セリフがない上に2時間近いのに全く飽きさせない。

映画自体をスピーディかつコミカルな演出で見せる事で、主人公グウィンプレインの深い深い悲しみも、救いのある印象になっている。

映画にセリフはいらないかもと思わせる作品のひとつ。
 
 

主な登場人物と俳優

グウィンプレイン、のちにクランチャーリー卿・・・コンラート・ファイト
デア・・・メアリー・フィルビン
ウルシュス・・・チェザーレ・グラヴィナ
女公爵ジョージアナ・・・オルガ・バクラノヴァ

バーキルフェドロ(道化)・・・ブランドン・ハースト
ディリー・ムーア卿・・・スチュアート・ホームズ
ジェームズ2世・・・サム・ド・グラス
医師・・・ジョージ・シーグマン
アン女王・・・ジョセフィーヌ・クロウェル

 
引用:

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Di Pinket - screenshot catturato da me, Copyrighted, https://it.wikipedia.org/w/index.php?curid=5051857

 

あらすじ

舞台は17世紀イングランド。国王ジェームズ2世は、自分が飼っている道化師バーキルフェドロにそそのかされ、思い通りにならないクランチャーリー卿を「鉄の処女」で殺害してしまう。それだけでなく外科医に命じてクランチャーリー卿の息子の顔を「父親の愚行を永遠に笑うよう常に笑っている口の形」に変形させ、真冬の町に捨てさせる。

「永遠に笑顔」を刻み込まれた少年グウィンプレイン。自分がまさか貴族の息子とも知らず、雪の中をさまようグウィンプレインは母親を失った赤ん坊を拾う。

旅一座のウルシュスに拾われ成長したグウィンプレイン、「笑う男」として一座のスター的存在になるが、子供の頃から蔑まれ、人々から常に笑われ続ける日々はグウィンプレインの自信を奪っていた。しかし幼き頃グウィンプレインが拾った目の見えない少女デアは心からグウィンプレインを愛していた。

そんな中、笑う男グウィンプレインが実は貴族であることが女王の耳に入り、貴族として復帰することが決まる。さらに貴族の娘との結婚を押しつけられデアと引き裂かれるグウィンプレインは、自分の存在意義をかけてそれを拒絶。決死の覚悟でデアの元へ戻ろうとする。物語はグウィンプレンに言い寄る貴族の娘や、グウィンプレインの邪魔をする貴族などが入り乱れながら進んでいく。

 

引用:

f:id:msan1971:20220113231353j:plain

Av Universal - source, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=58517309

 

 

少年グウィンプレンのけなげさが胸にくる

とても素晴らしい作品だと思った。

まずなんと言ってもグウィンプレインの子供時代が胸に来る。少年グウィンプレインは、貴族のお父さんのとばっちりを受けて、顔を「口裂け女」みたいな感じに口角を整形されていつも笑ってる顔のされてしまったうえに、雪降る夜風の中に放り出されてしまう。5歳くらいなのかしら。

雪の中をさまようグウィンプレインは寒いしお腹はすくし頼る者もなくて、このままでは生きていけない極限状態で、凍死した女性が抱いていた赤ちゃんを拾うのよねえ!

その幼きグウィンプレインを見ていると、その赤ちゃんをまるで自分の命よりも大切なものを拾ったって感じに懐にいれて、それはもう崇高なのね。

ラッキーなことに旅回り一座のウルシュスに拾われるんだけど、グウィンプレインの懐からころんと赤ちゃんが出てきたときのウルシュスの「え、お前ら二人だったんかーい」というオドロキ。そして自分よりも赤ちゃんを守ろうとするグウィンプレインの姿を見れば、二人とも引き受けなければいけないなって、思うんだよね。

この少年グウィンプレインをやった少年、よかった。子供をダシに使う作品には「騙されないぞ」って警戒しがちな私だけど、このグウィンプレインはダシじゃない。

 

 

大人になってからも、悲しくも美しい、グウィンプレンのこと

大人になってからのグウィンプレイン役をやったコンラート・ファイトは『カリガリ博士(1919)』のチェザーレをやった俳優。

チェザーレの時はなんだかロボットみたいで表情がない役だったけど、今回も「笑い顔」一発で悲しみから怒りから、あらゆる感情を演じ分けているということで、まるで縛りプレイ(演技)の達人みたい。

 

引用:コンラート・ファイト

f:id:msan1971:20220113230444j:plain

By Becker & Maass, Berlin - oldtimeradiodownloads.com, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=76805453



笑われ続ける人生で自分に自信を持てないグウィンプレインはいつも口元を隠し、デアの愛を受け止められない。もしデアの目が見えたら、自分を愛するわけがないのではないかという思いを払拭できない。

性質の悪い女公爵ジョージアナの戯れの愛の告白を受け、自分の顔を見たうえで自分を愛してくれる女性がこの世にいるのなら、自分に自信を持つことが出来るかもしれない。

デアを愛する資格が自分にもあるのかもしれないと、それを確かめにグウィンプレインはジョージアナの元へ向かう。


もともとスタジオはロン・チェイニーにやらせようとしていたらしいが、映画化権の問題で実現せず、コンラート・ファイトになったらしい。ロン・チェイニーだと怪奇が増してホラー寄りになって、だいぶ印象が違う作品になった気がする。個人的にはこれはコンラート・ファイトで良かったと思う。

 

 

素晴らしく美しくて心が洗われる、デアのこと

 

引用:「神様が私の目を閉ざしたおかげで 私には私にはあなたの本当の姿が見える」 デアのセリフ



メアリー・フィルビンも素晴らしかった。可愛いし美しいし健気だし、目の見えない役だったけど本当に見えない人のように見えた。

目が見えない役だから仕草や動きがたどたどしくて、それが子供みたいな愛らしさを演出して、ますます可愛らしさに拍車がかかっている。

女神。

ちなみに彼女はロン・チェイニー版『オペラ座の怪人(1925)』でクリスティーヌ・ダーエをやっている。

 

引用:メアリー・フィルビン

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By Universal Film Manufacturing Company / Jack Freulich (1880–1936) (photographer) - Exhibitors Herald (Jul. - Sep. 1921) on the Internet Archive, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=61108571

 


後半は怒涛

貴族として女王に迎えられてグウィンプレインがいなくなり、残された一座の一行が、まだ何も気づいていない目の見えないデアのために一芝居打つ、その全力投球の嘘が美しい。

そして、

引用:「抗議する! 好きでもない相手とは結婚しない!たとえ女王の命令であっても!」 グウィンプレインのセリフ

 

このグウィンプレインの怒りのセリフから展開が怒涛。今までの人生分怒る。理不尽だった自分の人生を、渾身の怒りを、全身を使って表現しまくる。

愛するデアの元へ、走って走って火事場の馬鹿力出しまくり。

愛の力と、理不尽な世の中への怒り、今まで本気で運命に立ち向かえなかった自分への怒りがないまぜになったような、そんな馬鹿力。

思えば少年だったグウィンプレインとデアは波止場で登場し、映画も波止場で終わる。

そういえばウルシュスが言っていた。

「シェークスピアよりも秀逸なミステリー劇をご覧あれ! タイトルは ”混沌の後”  最後はハッピーエンドです」


流麗な音楽もすばらしく美しい。

 

 

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