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「仕事辞めたい病」がとりあえずおさまったので理由をご報告



 
mです。51歳です。
 
おととしまで「仕事をやめたくて仕方がない」という状態で過ごしていましたが、とうとう昨年2021年の間に「仕事辞めたい病」を脱出しました。わーい。

いやー辛かった。長い4年間でした。でも最近はスッキリ。とはいえ別に辞めたかった原因が解消されたわけではありません。


では今回はどのように「仕事辞めたい病」から抜け出せたのか。

簡単に言うと、
① 私自身が変わったこと
② もっと重大な問題が発生した結果、個人的な小さな問題は吹き飛ばされてしまったこと
の2点です。

①の方は意図的、能動的な感じ。
②の方は完全に偶然です。こんな風に悩みが解決することもあるのだなあと思いました。

仕事が辞めたくて仕方ない方はたぶん多いと思うので、何かのヒントになればと思い、一本書いてみたいと思います。
 
 

辞めたくて仕方なかったのは事実

思えば1年前、私は「もう働きたくない」とヘコタレタ愚痴を上げています。

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リンク貼りましたが、読む価値はありませんw


簡単にまとめると私の職場は病院なのですが、「激務でやりがいある仕事」→「超絶暇でやりがいゼロ」へ異動の憂き目に合い、そのあまりの落差にヘコタレテイタのです。もっと成長したいとか、挑戦したいこととか、それなりの出世とか、ちょっとした野心とか、そういう私なりの向上心はあったので大ダメージでした。

今読むと、バリバリ働いていた時期や自分の未来に対しての未練みたいなものを感じますね(しみじみ他人事)。実際、今の部門に異動になって4年経ちますが、2年半くらいは辛くて辛くて屈辱的でみじめで悲しくて、それまで頑張ってきた自分をかわいそうに思ったりもして辛かったです。大人でもグレますがな。

私が仕事を辞めたかった(過去形)理由を大きく分けると、
①「暇」「やりがいがない」「つまらない」という目の前の現実的な問題
②「みじめ」「屈辱的」「悲しい」「悔しい」「むなしい」という、自尊心との葛藤など感情面の問題
の2点です。

あまりに辛かったので、①については「仕事が暇」「仕事やりがいがない」「仕事辞めたい」「仕事のサボり方」などのキーワードで検索しまくってました(仕事中に)。サボり方なんて一生懸命考えましたね。②については、私は読書が趣味なので、色々読んで現実逃避して自分を慰めていました。あとはYoutube動画を漁るw

ほんと悲しくてつらく、長い時期でした。人生で二番目の底だった感じです。元部下と職場ですれ違ったり、元所属部署に立ち寄ったりするのがみじめで、そんな自分が悲しかった。
 
 

抜け出せた理由①:私の価値観が変わった(変えた)

ネガティブに働き続けて2年半たった2020年の秋くらいから徐々に気持ちが楽になった理由は、「自分の価値観、先入観を変えることに成功したから」だと思います。異動後に与えられた今の仕事や環境を、ずっと屈辱的だと思っていたけれど、ようやく思わなくなってきたのです。

でもそれは今の仕事の価値を知ったとか、価値があると思える仕事を与えられたとか、私を取り巻く状況が変わったといった、前向きな変化があったわけではありません(状況はなにも変わっていないです)。

ただただひとえに、洗脳ですよ洗脳。自分で洗脳。セルフ洗脳。

私はそれを「自分働き方改革」と名付けていました。日本中が働き方を改革しよう!と言っているのを横目に、私は非常にミニマムな、個人的な、自分だけの働き方改革にいそしんでいたというわけです。
 
 
仕事が暇なことで悩んでいる人は割と多いと知ったこと
最初の頃は「仕事が暇」などのキーワードで検索しまくっていました。

そこで私は知ったのです。仕事が暇で悩んでいる人って、思いのほか大勢いるのだと。私は「激務上等!」「激務大好き!」で働いてきたので全然知らなかったのでした。

そうだったのか。実は仕事が暇で悩んでいる人って意外と多いんだ。そういえばはるか昔に私もわずかな期間だけど、暇な仕事をした経験があった。でも昔すぎてすっかり忘れてた。激務で残業多くて悩んでいる人ばかりがフィーチャーされやすいけど、そうなんだよね、暇だって苦痛だし、悲しいよね。

日本中に同じ悩みを持つ仲間がいると知り、少し気が楽になりました。
 
 
あるネット記事との出会い

とはいえ暇で悩んでいる人がたくさんいると知っても、それで私の問題が解決するわけではありません。つらいものはつらい。そう簡単には「結構いるんだー、じゃいっか」とはなりません。

そんななか、異動4ヶ月目くらいの夏に読んだこのブログ記事に私は救われました。当時の私には絶好のタイミングの内容で、私の仕事に対する価値観を180度変えてくれました。この記事にはとても感謝しています。


kininarukabu.com



この記事では作者さんが中国で働いていた時の体験を例に、日本との感覚の違いを紹介してくれています。今回読み直しても励まされるので、働き方で悩んでいる方はぜひ読んでみてもらいたいのですが、特に私を励ました部分を抜粋すると、

① 中国人の考え方では、部下の仕事は上司が割り振るものである
② なのでそれを怠っている上司に自分から「仕事ないですか」と聞く必要はない
という部分です。

かなり日本と文化が違いますが、そういう価値観が常識である国や民族がある、ということです。


これは目からウロコでした。ユリイカ的な。衝撃的だったと言っても言い過ぎではなく、脳内をシャッフルされた気持ちになりました。

そうなんだよ、そう思ってもいいんだ、と心底思いました。


私は、先にあげた「激務でやりがいある仕事」だった時代、その部門が新規立ち上げ部門で、自分が責任者としてゼロから業務を構築していくミッションを請け負っていました。

なので最初はあまり仕事がありません。すると周りは「暇でしょ」と言わんばかりに色々と押し付けてきます。でも私は自分が任されている部署を何でも屋にするわけにはいかないし、する気もないのでかなり抵抗したりしていました。その職種の目的に沿った業務を構築すること、それが私のミッションだと信じていました。だから「暇だけど、それは私たちの役割ではない」と言って断ったことも多々あります。

一方で、部下に仕事を与えなければいけないのも事実です。遊ばせておくわけにはいきません。

できるだけ早くメンバーに仕事を与えなくてはいけない。でも何でもいいわけではない。

そういった理想と現実のはざまで、「部下たちが誇りを持てる職種にしたい。そのためには役割に矛盾しない業務を構築しなければならない。何かないか、何かないか」と、ずっと考えていました。


ところが私はそうだったのに、今の部署の上司は私に仕事を調達する気がないのです。

実は異動後の今の私の仕事も、やっぱり当院では今まで誰もやったことがない職種なので、蓄積がないから業務が確立していないのです。だから私は最初の頃、「業務開拓&構築を考えているのですが」と上司に言ったことがあります。そうしたら「やらなくていい。こっちで考えているから」と断られました。

「業務開拓&構築をしなくていい!」

衝撃でしたね。余計なことしないで、俺らの言う通りに働けばいいってこと?

私は割と自主的に何かをするのが好きなので、「また下っ端に逆戻りかあ、いいように使われちゃうんだろうなあ」と暗澹たる気持ちになりました。

 


ところが何か月経っても何も変わりません。こんなものが仕事と言えるのか悩むほどやりがいのない業務ばかりで、しかも暇なままです。それで私は大変失望したのです。

今の上司は私の暇を、暇なまま放置している。

なぜ!

大変悩みました。

でもこのブログ記事を読んでからは「彼らは部下を働かせることを怠けているのだ、そう思っていいんだ」と思いました。「スタッフを生かすこと」「生産性を上げること」「そのための仕事を用意するのも上司の仕事」と思って頑張ってきた経験のある私は、そう思う権利があると思いました。



次に「ではなぜ上司は暇な部下を放置しているのか」についてこの記事では、

「することがある時のみ働いてくれればいいと思っている可能性がある」
と指摘されていて、この視点も私にとっては斬新でした。


そ、そんなことがあるの。暇でもいいってこと?

確かに私が現在所属している部署は「暇になりやすい部署」として挙げられることの多い、まさに「総務部」なのです。そして総務というのは「雑用係」「他の部署がやりたがらない仕事が回ってくる」という悲しい側面を持ち合わせていることも、働いているうちに段々分かってきました。

すると、急に「総務でやってよ」と役割を振られて忙しくなる時もある。その場合、日常的に業務をパンパンに詰め込んでおくと対応しきれなくなり、残業三昧になる。残業は嫌だから、普段から余剰人員を確保しておくことは大事。すると平時は暇な職員がでてくるのはあたりまえ、ということになります。

有事の時に働けばいい。平時はルーチンワークさえやっていればいい。あとはテキトーにサボってても、やる時やればおとがめなし。


というわけで、要は「暇でもいいのかもしれない」ということです。そういうもんなんだと。そういう仕事(職種、役割)もあるんだと。

そう思ってからは、自分はこれでいいんだろうかとか、罪悪感とか、もう悩まないことにしました。

かなり気が楽になりましたね。
 
 
働き方、考え方を変えられた
もちろんこういった考え方や働き方にすぐに慣れたわけではありません。

「そう思っていいんだ」と毎日毎日自分に言い聞かせ、頻繁に襲ってくる怒りや失望などは「どうでもいい、どうでもいい」と呪文のように脳内で唱えることで押さえ、その結果、やっとこの考え方が身についてきました。

毎日毎日毎日毎日、兎に角「どうでもいい」を脳内循環させる。そしてピッとタイムカードを切ったら、あとは仕事のことは一切考えないと決めました。

そして3年目の年末、多少の未練があって自宅に取ってあった、かつての仕事に関する本をすべて捨てました。

そうしたら本当に仕事の事は一切なにも考えなくなりました。

そうなるまで 2年半かかりました。


なので「手が空いたので手伝いましょうか」とか一度も言ったことがありません。だっていっつも手が空いてるんだもーん。そんなことしたらもの凄く暇なのがバレちゃうし、つまらない仕事ばっかりどんどん回ってきて自分の首を絞めるかもしれないじゃん。

それに上司も困るでしょ。これといった仕事がないのに、「仕事ください仕事ください」って突き上げて上司を困らせるなんて、そんな可哀想な事できなーい。

自分に与えられた仕事だけをゆっくり淡々とこなし、テキトーに時間をつぶす術も身につけたし、定時を少し過ぎたら他の部員が残っていても「お先に失礼しまーす」と言って、さらりと帰ります。「知らなーい」という感じ。与えられた仕事をちゃんとやっていればいいのです。

いやー、過去の「できるだけちゃんとやろう」「少しでも良くしていこう」「責任大好き」なんつって働いていた自分が忘却の彼方へ。

今ではテキトーに働いて、「しらなーい」でテキトーに傍観していても、職場は別に何がどうということもない のだと気づきました。

お金をもらって、オブザーバーに徹する。もう仕事には熱中しない。

かなり割り切りましたね。
 
 

抜け出せた理由②:そしたら有事がやってきた

そんな感じでやる気を失い、「仕事やめたいなあ。でも今と同じくらい給料もらえる仕事が私にあるとは思えないし、仕事はつまんないけど給料は悪くないし、プレッシャーはないし、楽だし、まいっか。」というネガティブなベクトルで働き続けていました。

そうしたら、なんと致命的疫病である ”コ” が襲来してきたのです。それが世界中を巻き込む歴史的ムーブメントだったことと、「世間様が取り組んでいる ”コ” 対策に対する対策」に夢中で勤しんでいた結果、私個人の「仕事辞めたい」なんていう小さな問題は吹き飛ばされてしまいました。


私は病院勤務なので昨年の2021年2月に ”ワ” を「するか、しないか」を決めたのですが、その時に「しない」を選んで今に至ります。そのことについては後悔も無ければ疑問もありません。打つ打たないに関しては「全く迷いなし」です。

ただし「不安ゼロか」と言えば、もちろんそんなことはなかったです。

だって「任意」とか言っておきながら、なにやら社会的圧力らしきものはある。”ワ” をたしまなかったことで職場で上司にやいやい言われる、圧力がくる、私の立場が悪くなる、いじめられる、給料が下がる、果ては仕事を失うまであるかもしれない。

職場だけでなく日常生活においても、”ワ” をたしなむと頂けるという「”ワ” 証明書」がない人は、買い物ができなくなったり、娯楽がなくなったり、髪の毛を切りに行けなくなったり、電車に乗れなくなったり、県をまたげなかったりと、様々な社会的制限が課せられるかもしれないらしい。

さらに世界情勢なども眺めてみれば、海外は弾圧が激しいところもあるようだし、日本もカナダとかオーストラリアの一部とかドイツとかイタリアみたいになってしまうかも。

果たしてうちの職場や日本はどこまでやるのか。このまま「打たない」を続けるとどうなるのか。

そういった「打たなかった場合フローチャート」を頭に描き、職場なり社会なりから圧力がかかってきた場合、私はどのように対処するかについて作戦を練り始めました。

要は、独自の「”コ” と ”ワ” 対策」に乗り出したわけです。

それに熱中した結果、仕事を辞めたいどころか、
「ぜーーーーったいに辞めたくない!!だーれが素直に簡単に辞めてなんてやるものか! ごねてごねてゴネまくるぞー!」「さあてと、どのようにごねようかな」
と思うようになったのです。

いやー、久しく失われていた「やりがい」ができました。「”コ” と ”ワ” のおかげ」です。ヤッター。面白くなってきたじゃん。私は逆境に強く、燃える性質なのです。

まあ現実には、うちの職場はなんの圧力もなくて、いたって平和なのですがね(他部署は知りません)。
 
 

次なる有事も控えているから、しばらくは再発はなさそう

2020年2021年と続いてきた世間の ”コ” 騒ぎについては、昨年11月ごろには私にとっては完全に娯楽と化していました。

そして年末にもなると「私にとって ”コ” と ”ワ” 騒動は終わった。ほぼ解脱気分ですっきり」というレベルに達しています

だから年が明けて3回目の話が出たり、第○波が押し寄せて、過去最高人数をマーク! という情報を得ても、まったく気になることはありません。10万人越え!「あっそ」って感じ。

私の職場は病院なので1月に3回目が終わりましたが、もちろん私には関係ないし、心がざわつくということもないので、この件に関しては「まあまあの解脱段階にある」と言っていいでしょう。

とはいえまだ ”マ” が課題として残っているので、年明けからは「”マ”からの解脱」にいそしんでいます。

目下、屋外はもちろん電車の中も顎マをやめて「100%完全に裸顔」にし、職場では「顎マ」を心がけ、あと残すは「スーパー、コンビニ」くらいです。


プラス、昨年秋ごろには「インフレ物価上昇&物資不足が来る!」の方に関心が移っていたので、いろいろ情報収集して【できるだけ備蓄】を開始中。ま、気休めですがね。

そしたら年が明けたら本当に「値上げ」からの「戦争」からの「円安」ということで、キター!って感じです。このまま21世紀バージョンの世界大恐慌へ突入するかもしれません。時期的にもぴったり。

というわけで今は「食糧危機」が趣味 です。

仕事を辞めてる場合ではありません。
 
 

結論:「熱中できる課題発見が私を救った

というわけで、じわじわと「もう仕事には熱中しないように」意識改革をしつつも、気持ちはやさぐれたままだったところへ、「100年ぶりの歴史的事件連発&時代の転換期」がやってきて、仕事辞めてる場合じゃなくなったわけです笑 

この危機的状況を、いかに生き抜くか。それが面白くなってきちゃったわけです。

ちょっと大げさですけどねw

仕事以外にも熱中できる課題って、たくさんあるんですね。

仕事辞めたくて苦しんでいるみなさんも、危機を味方につけて「生き抜くこと」を趣味にするのを検討してみるのもありかもしれません。


 

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