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【映画】「黒猫の怨霊(1962)」 エドガー・アラン・ポー原作・短編オムニバス映画3本立て

 
おすすめ度 ★★★★

題名 黒猫の怨霊(Tales of Terror)
監督 ロジャー・コーマン
制作 ロジャー・コーマン
脚本 リチャード・マシスン
原作 エドガー・アラン・ポー「モレラ」「黒猫」ほか
出演 ヴィンセント・プライス(全作品)、マギー・ピアス、レオナ・ゲージ(『怪異ミイラの恐怖』)、ピーター・ローレ、ジョイス・ジェイムスン(『黒猫の怨霊』)、バジル・ラスボーン、デブラ・パジェット(『人妻を眠らす妖術』)
音楽 レス・バクスター
上映時間 88分
制作年 1962年 
制作国 アメリカ
ジャンル ホラー、怪奇
 


結論から言うとこのDVDは掘り出し物だった。

ポー原作の短編小説から映画化された、3作品のオムニバス映画。

エドガー・アラン・ポー原作の映画をいくつか見たいと思って購入したもののひとつ。私は怖い映画が苦手で全く見ないのだけれど、ポーが原作ならホラーと言ってもスプラッタとかではないはずだから絶対大丈夫。ジャンルとしてはホラーなのかもしれないけれど、ポーだから「ホラー」と言うよりはやはり「怪奇もの」といった風情。
 
そうしたら個人的に注目しているピーター・ローレが出ていた上に、その第二話『黒猫の怨霊』が良作だったのも収穫だった。

そして主演のヴィンセント・プライス! このお方、私は今回初めて知ったのだけれど、上手いし笑えるしでかなり気に入った。この俳優さん、いいよ、好き。

それだけでもこのDVDは買う価値、見る価値があったというものです。

 
 
 

映画の概要

主演のヴィンセント・プライスが三作品ともに出ていて出ずっぱり。第一話の父親役、第二話のルクレイシ役、第三話のヴァルドマアル役を演じている。

私は今回知ったのだが、このお方は ”あの” 有名な、マイケル・ジャクソン『スリラー』のPVのラストでナレーションをしている ”あの声” のお方だった。

一度聞いたら忘れられない声と抑揚。渋いイケボで実に格好いい、”あれ” です。(一番最後にYoutube動画を貼っておきます)。


さらに、出てくる女優さんは三話ともみな美人ぞろい。華やかでよいよね。私は第二話に出てくるジョイス・ジェイムスンが好きだった。


そして監督は低予算映画の帝王、ロジャー・コーマン。第一話のセットがTVドラマみたいで、ちゃっちい所もご愛嬌。
 
脚色を手掛けたのがリチャード・マシスンとクレジットされていたので、「リチャード・マシスン? え、まさかあの『ある日どこかで』のリチャード・マシスンじゃないよね」と思って調べたら、『ある日どこかで』のリチャード・マシスンだった。ほう。こういう仕事もしてたとは知らなかった。
 
 

第一話『怪異ミイラの恐怖』★★★

あらすじ
生後数か月で母親に死なれ、父から愛されることもなく、幼い頃に家を出されて成長した娘レノーラ。26歳になった彼女は自分があと数か月の命であることを知り、人里離れた場所にある屋敷へ父を訪ねる。ところが屋敷は蜘蛛の巣が張って荒廃しており、父は最愛の妻を失った悲しみから立ち直れず酒浸りの生活を送っていた。レノーラは今だ自分に関心を抱かない父の姿を悲しみ、自分があと数か月の命であることを告げる。すると父は初めてレノーラに同情を示す。

その日レノーラは屋敷にとどまるが、なんと父は母モレラの遺体を埋葬せず、ミイラにして自分の手元に置いていた。理由を問いただすレノーラに、父はモレラの臨終の様子や、埋葬せずにミイラにしている理由を話す。そして二人は寄り添って和解し、父はレノーラに屋敷にとどまって欲しいと希望する。

するとその夜、自分の死は娘のせいだと激しく恨み、復讐を誓って死んでいった母モレラの霊が現れ、娘への報復を始める。
 
 

👇 いかにも ”エドガー・アラン・ポー” っぽいお屋敷。

Di Johnny Freak - fotogramma, Copyrighted, https://it.wikipedia.org/w/index.php?curid=4937120
 
 
ポーの原作『モレラ』との比較
どアップになった心臓の鼓動から映画は始まり、始まり方としては結構どぎつい(見るからに模型だけど)。そしてモレラのミイラもなかなかエグイ。
 
モレラの霊は娘レノーラを取り殺したあと、なぜか実体化して夫に襲い掛かり火をつけて殺してしまうという、二人とも殺してしまう結果に。理不尽。旦那まで殺す理由がわからない。どういうこと。
 
実際は、モレラは実体化しているわけではなく、レノーラにモレラの霊が乗りうつって、乗っ取られたレノーラが父親を殺しているらしい。

モレラは念願の復讐を果たし、みんなで炎に包まれ火葬になるという終わり方。心中かなあ(笑)チガウヨネ
 
 
この作品の原作とされているのが、ポーの超短い短編『モレラ』。文庫でわずか8ページという短さ。でもストーリーが全然違う。これは原作というよりは、短編『モレラ』をモチーフにして制作した全くの別作品だと思った。

映画版だと、父親は妻モレラを猛烈に愛していて、愛しすぎて埋葬できずミイラにして手元に置いておくというヤバさ。娘なんかそっちのけで妻への愛に引きこもって、自分を可哀想がっている。


でも原作の主人公(父に当たる)の方は真逆で、妻のことは「愛を思ったこともなかった」と言っているくせに、でも「献身的な尽くす妻だったからすごく幸せだった、こんなに幸せだったことはなかった」などと勝手なことを言っている。それで娘を溺愛。どうやら死んだ妻によく似ているらしく、とても愛情を感じたらしい。その割に10歳になるまで名前すら付けないで育てていたりなんかしている、訳の分からん男だ。

そして最大の違いは、映画ではモレラは「霊魂が呪い殺す」という古典的なやりかたで二人を殺す、怪談めいたストーリーなのだが、原作の方はまるっきり違う。

原作のモレラは娘を産んですぐに死ぬのだが、夫に対して「あなたは生きている間は私に対して愛情を持たなかったけど、死んだ後に愛するようになるでしょう」と謎の予言めいたことを言っていて、そして娘を産んで死んでいく。

その後、娘も死ぬのだが、主人公がモレラが眠る納骨堂に娘も一緒に納骨しようとすると、なんとモレラの遺骨が跡形もなくなっていた、という展開になる。

この娘というのがモレラに瓜二つで、しかも幼いのに大人びた賢さと成熟ぶりが強調されているところを見ると、おそらく娘はモレラの「生まれ変わり」というか、ほとんど「クローン」のような存在なのだと思われる。

つまり映画も原作も、”モレラは娘になっている” のだが、”なり方が全然違う” というわけ。

自力でクローンとして生まれ直してくるという、もうほとんどSFなんだけど、ポーの時代はまだSFの時代じゃないからSFになりそうでならない、もう少しのところでならない、というところがポーの面白いところ。

わずか8ページでこの広がり。だから・・・原作を知っていると、原作の方に軍配を上げない訳にはいかないんだなあ。


👇原作はこの中

 
 
 

第二話『黒猫の怨霊』★★★★★

あらすじ
ザルのように大酒を飲み、働きもせずに妻の金を奪って酒をかっくらうアル中の男、モントレソー。最近は幻覚まで見る始末。今日も飲み足りない彼は自宅で妻が飼う黒猫に散々八つ当たりをしたあげく、妻から金をむしり取ってもう一軒飲みに行く。しかしその金も使ってしまって酒場を追い出される。道行く人に金をせびるがうまくいかない。と、目の前に「ワイン見本市」を発見。早速入り込み、気取ったワイン通のルクレイシに利き酒対決を挑む。これなら堂々とタダ酒が飲めるという寸法だ。実は利き酒が得意なモントレソーはルクレイシと互角に渡り合うが、結局酔いつぶれてルクレイシに送ってもらうことに。なんとそこで妻とルクレイシが恋に落ちてしまう。

モントレソーは妻とルクレイシを殺して壁に塗り込めるが、いつもいじめていた黒猫に秘密を暴かれてしまうことになる。
 
 
ヴィンセント・プライスの乗りに乗った演技が見どころ
これは傑作。個人的にはピーター・ローレ目当てだったのに、ヴィンセント・プライスのコメディ演技にすっかり心を射抜かれてしまった。 (´▽`*)スキ


なにがすごいって、まず第一話とはまるで別人のよう。

第一話では酒におぼれて実に不健康、死相すら出ていたのが、第二話では血色もよく、頬はバラ色で、表情はニコニコ、体はウキウキと健康そのもの。若返ってる。生きるのが楽しそうな、まるで真逆のキャラクターで、ヴィンセント・プライスはそれを見事に演じ分けている。

そしてコミカルな大げさな演技! わざとだろうけど効果的に効いていた。かわいい、楽しい、見ていてうれしくなってくる。
 
 
👇 ヴィンセント・プライスさん

By film screenshot (Allied Artists) - http://www.toutlecine.com/images/film/0013/00136880-la-nuit-de-tous-les-mysteres.html, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=58093159
 
 
 
彼はワインのテイスティングの達人という役で、ただ飲みたいだけのピーター・ローレに利き酒勝負を挑まれて受けて立つことになって、ポケットからテイスティング用の平たいカップ(タストヴァンというらしい)を「さっ」と取り出して拭きはじめるのだが、その取り出すしぐさと姿勢からしてもう面白いw

で、テイスティングの準備に入るのだが、これが顔の運動っていう感じに変顔を連発。ワインを口に含んだ状態を想定して口をすぼめて空気を取り込む顔をしたり、口の中でワインを転がしたり、イーッという顔をしたり、顔が忙しい(笑) まるで顔の準備運動、予行演習。それをアップでずっと。楽しいww ( *´艸`)

そして丁々発止で利き酒バトルを繰り広げた結果、飲みつぶれたピーター・ローレを自宅まで送ってあげる人の好さw かわいい。

ま、そこでピーター・ローレの妻とできちゃうんだけど。
 
 
👇 できちゃった。寝てるのがピーター・ローレ。

De film trailer screenshot (AIP) - Tales of Terror trailer, Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=56451675
 
 
 
そのピーター・ローレの妻役ジョイス・ジェイムスンも、17年間も働かずに飲んだくれる旦那にひどいめにあっているわりには「ほわん」としてて可愛い。それでひょんなことで出会ったヴィンセント・プライスに恋しちゃって、うれしそうに語る表情も可愛いの。うまいんじゃないかな、この女優さん。

しかし17年ってことは、もっと前から結婚してるってことでしょう。この奥さんいくつの設定なんだろ。すごく可愛らしい。

恋する二人は生き生きウキウキしちゃう。

そんな妻とヴィンセント・プライスを、ピ-ター・ローレは壁に塗りこめちゃうんだけど、軽いタッチのままで進むから全然グロくも怖くもない。大丈夫。
 
 
ポーの原作『黒猫』との比較
原作はかの有名な『黒猫』。ポーの代表作のひとつ。

とはいえ、原作や第一話とは打って変わって、こちらは一転コミカルな脚色。

それなのに原作と比較しても勝るとも劣らない、かなりの良作で楽しめる。ほんと面白いのよ。

DVDのチャプターを見ても
「俺の金を」
「酒を飲む金を」
「妻の貯め込んだ金を」
「昨夜は大金を」
となっていて、これだけでもう笑える。


そして個人的には、お気に入りのピーター・ローレが出ているところが最高に萌える。

映画も原作も「主人公が酒におぼれて妻を殺してしまい壁に塗り込めるが、日ごろ虐待していた黒猫によって発見されてしまう」という話なので、おおまかなプロットは同じといっていい。

でも印象はまるで違う。

原作はかなり陰鬱な作品で、かんたんにあらすじをまとめれば「子供のころは普通に思いやりも持っていた少年が、長じて酒に溺れてしまい人格が豹変。徐々に残酷な本性があらわになっていく。自分ではコントロールできず、まずは飼っていた黒猫を殺し、罪悪感から別の黒猫を飼うがそれも殺そうとする。ところが誤って妻を殺害してしまい、それを隠ぺいするために遺体を地下の壁にレンガで塗り込めるが、その中から黒猫の鳴き声が聞こえてきて、犯行が発覚してしまう」というもの。


映画版である今作も、同じといえば同じ話。しかし完全にコメディタッチになっていて、ここまで変わりますかあ、っていうくらい、まったく別作品として楽しめる作品になっている。

第一話は「原作と全然違うなあ。原作の方がSFの匂いがしていいな」と思ったのに、第二話は、原作と全然違うのにそんなに違うと思わなかったから不思議。あるいは違うことに違和感がなかったと言うべきか。

もうかなり気に入っちゃって、これ映画も絶賛おすすめです。


👇 原作

 
 
 

第三話『人妻を眠らす妖術』★★★★

あらすじ
余命いくばくもない老人ヴァルドマアル。彼は死にともなう痛みによる苦痛を避けるため、催眠術師カーマイケルを自宅に呼びつけ催眠術をかけてもらう。効果はてきめん。痛みはきれいに消え去る。

さらにカーマイケルとヴァルドマアルの間では「臨終時における催眠」という、前例のない人体実験が約束されており、その代償として死ぬまで無償で催眠療法を受けられるという契約が交わされていた。それを知った若き主治医のジェームズは猛反対するが、ヴァルドマアルは「自分はどうせ死ぬのだ、どうということはない」と言って取り合わない。ヴァルドマアルの若い妻ヘリーンもカーマイケルを信用できず実験に反対する。しかしヴァルドマアルは妻の心配をよそに、むしろ自分亡き後の妻が心配だと言って、自分が死んだらジェームズ医師と結婚するよう妻を諭す。
 
そしていよいよ臨終が迫る。満を持してカーマイケルが登場し、ヴァルドマアルに催眠術をかける。ヴァルドマアルはやがて息を引き取るが、カーマイケルの実験は成功。ヴァルドマアルは肉体は死んでも、カーマイケルが術を解かない限り精神は永遠に生き続けることとなる。

時間が経ち、肉体が傷みはじめても部屋中にヴァルドマアルの苦しみの声が響き渡る。それを尻目に、カーマイケルは自分の欲望をむき出しにしていくのだった。
 
 
永遠の命とは
結構、衝撃。

ヴァルドマアルはただ、死に伴う苦痛から解放されたかっただけで死にたくなかったわけではなく、むしろ死を受け入れていた。ただ痛いのが嫌だっただけなのに、意識の暗闇の中を永遠に漂わなくてはならなくなってしまった。

ヴァルドマアルは肉体が腐っても意識はある状態だから、このまま催眠がとけなくて肉体が完全に腐敗したら一体どうなるのか。それこそ「声はすれども姿は見えず」状態になって、永遠にこの世界のどこかを意識だけが漂うんだろうか。

ヴァルドマアルは「暗いよー」と言っていたが(そんな子供みたいな言い方はしていないが)、漆黒の暗闇の中を永遠に・・・。地獄に行くより怖い。


そんな、人を人とも思わない、ただの実験台(しかも永遠の)にしか思わない男カーマイケル。肉体が死に、精神だけになったヴァルドマアルに向かって、ちゃんとした死と引き換えに約束させようとするその条件がしょぼい。

「ちゃんと死にたかったら妻のヘリーンに、ジェームズではなく私と結婚するように言え」と。

えー、ちっさ。


それでちゃんと死にたいヴァルダマアルは、しょうがない、「やっぱりカーマイケルにしなさい」と言う羽目になる。

可哀想なヴァルダマアル。自分が死んだ後の妻ヘリーンの幸せを願って「ジェームズ医師と結婚するように。お互い慕ってるのだから。ちゃんと分かってたよ」と、せっかく思いやりのあるところを見せていたのに。その愛も台無し。

そりゃあ永遠の孤独のなかに永遠にいるのは耐えられないから、日寄ってしまうのも仕方ない。だって永遠ですよ。しょうがないでしょう。カッコつけてる場合じゃないし、背に腹は代えられない。この映画を観たあなた、この状態でも「いいや、私の事はいいから、真実の愛を貫いてジェームズと結婚しなさい」って、言えますか。

私は言えない。

でもヴァルダマアルは、一度は「カーマイケルと・・・」とつい言ってしまったけど、カーマイケルのあまりのクソ男ぶりに、不可能を可能にしてヘリーンを助けるという強い意志と正義を見せるから、ちゃんと男を貫いた。

どろどろになっちゃってたけど。

ちょっと苦手で目をそらしてしまった。あんなにおもちゃみたいな特殊メイクなのに、だめだった。

しかしまったくカーマイケルも自分で口説けよ。まったく。

いやー、図らずも「死と永遠の生」について少し考えてしまった。
 
 
ポーの原作『ヴァルダマアル氏の病症の真相』との比較
こちらもたった13ページの超短編小説。主題は大きく離れていないと思う。
原作と映画の大きな違いはまず登場人物で、映画に出てくる「若き妻」とか「妻の若き恋人」とか、そういう他の人物はいない。ヴァルドマアル氏と、彼に催眠術をかける「私」、そして名もなき医師が二人と、やはり名もなき看護人くらいか。

そして催眠術師である「私」は、映画に出てくる催眠術師ほど「邪悪」「下司」な感じはなく、至ってノーマルに「純粋に学術的興味で」「臨終間際の人に催眠術をかける」という感じ。

原作は催眠術師である「私」の視点で描かれ、映画はヴァルドマアル氏の視点で描かれている。


原作のヴァルドマアル氏は今まさに死にかけた老人で、今までもなにかと「私」に協力してきた。そして今わの際に「私」を呼び寄せ、催眠術をかけることを依頼する。

ヴァルドマアル氏は催眠状態に陥り、「私」の呼びかけに対し「眠っているんだ。起こさないでくれ。このまま死なせてくれ」と繰り返すのみで、やがて肉体が徐々に死んでいく。7か月も経つ頃、「私は死んでいるんだ」と口にするようになり、「私」がヴァルドマアル氏の肉体に手を触れると、その肉体は「私」の手から崩れ去る。


映画と比べれば娯楽性はなく、淡々とした描写。そして「私」の目線で終始語られるため、ヴァルドマアル氏の精神がどのような状況を漂っているのかはわからない。

映画はその辺、ヴァルドマアル氏の視点で物語が進むため、より観客の身に迫ってくる。ヴァルドマアル氏の精神が永遠に、死の世界を漂う恐怖が身に迫ってくる。

これはなかなかの脚色で、映画の方がリアリティを持って私に働きかけてきて、傑作。


👇 原作はこのなかに

 
 

作品全体の感想

ぜんぜん期待していなかったのに、思いがけず3分の2の確率で見ごたえのある作品にあたった。

1位はダントツぶっちぎりで『黒猫の怨霊』、2位に『人妻を眠らす妖術』、ビリが『怪異ミイラの恐怖』の順。

どれも脚色の妙と、ヴィンセント・プライスの様々な顔が見られる役作りが光っていた。


ところで第三話の『人妻を眠らす妖術』って邦題、何だろう。そんな話だったかあ?

原題は『The Facts in the Case of M. Valdemar』だから、邦題『ヴァルダマアル氏の病症の真相』はほぼ直訳。それを『人妻を眠らす妖術』とするセンスw

ピンク映画の大蔵映画という会社が買ったみたいだから、客引きのためにひと作品だけ「無理やりそんな風に思おうと思えば思えなくもない題名」を付けたのだろうか。催眠術で人妻を眠らせる的な。眠らせてなにするの的な。

わからんなー。
 
 

マイケル・ジャクソン『スリラー』PV

👇 ヴィンセント・プライスのナレーションが有名な、マイケル・ジャクソンの代表曲『スリラー』(1983年の楽曲)。ナレーションは 7’30 くらいから(それと最後の笑い声も)。
14分くらいあるPVだけど、ミュージック・ビデオと言えばこれ、みたいな作品なので、もし見たことがない人がいたら絶対に見た方がいい。これはもう映画ですよ。
 
 



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