監督 ジョン・フォード
出演 ウィル・ロジャース、トム・ブラウン、アニタ・ブラウン、フランシス・フォード、ステピン・フェチット、バートン・チャーチル、ハティ・マクダニエル
上映時間 81分
制作年 1934年
制作会社 20世紀フォックス
制作国 アメリカ
ジャンル コメディ、法廷、ドラマ、モノクロ
たぶんそういうジャンルはないのだと思うけど、アメリカ映画には「いかにもアメリカ南部」といった作品がたくさんあって、「アメリカ南部もの」という一大ジャンルを築いていると言ってもいいと思う。
割と重たいテーマの作品が多くて、黒人差別とか奴隷制度とか「血と汗と涙」とか、シリアス作品が多いイメージ。たとえミュージカルのような娯楽作だとしても、そこにそういうテーマをちらっと入れたりして。
この作品もアメリカ南部が舞台だから、そんな先入観から勝手にシリアス作品だろうと思って見始めたら思いっきりコメディだった。
あらすじ
ところが裁判当日、プリーストと裁判官の椅子を争うメイデュー上院議員が、プリーストはこの裁判の裁判官としてふさわしくないと言い出す。そのためプリーストは裁判官を降りる羽目になり、寡黙なギリスにとって裁判は不利な状況にすすんでいく。
主演のウィル・ロジャースについて
By Melbourne Spurr - Internet Archive, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=28010417
陽気な黒人家政婦ディルジー
Scanned by Myra Wysinger and uploaded. Photo from family photo collection. Autographed copy of Hattie McDaniel's July 10, 1941., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3722700による
黒人の人、それも太った女性だと余計に「陽気で明るい」というイメージがあるけど、そのイメージ通りのドンピシャな描かれ方。
・・・小錦・・・に似てるんだよね・・・目が大きくてギョロっとしていて、それをさらに「ぎょろぎょろ」と強調する様なんかも小錦そっくり。かわいい。歌もうまいし、出てくるだけでワクワクとこっちの気持ちが明るくなる感じ。
なんとなく、アメリカ南部で、しかも昔だと、そりゃあもう悲惨な黒人差別が繰り広げられていたのではないかと思うのだけれど、せめてフィクションの中だけでも楽しそうな姿を見ると救われる。特に『アラバマ物語(1962)』を見た後だったから、「気丈にふるまってくれてありがとう」とか思ったね。
ところで余談だけれど、黒人は全員「歌が上手い」とか「運動神経がいい」ようになんとなく感じるのは何なんでしょうね。
80年代にフローレンス・ジョイナーという黒人の100m選手がいて、彼女はオリンピックでぶっちぎりの速さで世界記録をたたき出したのだけれど(そしてドーピングが疑われて、はっきりしないうちに若くして急死したのだけれど)、そのジョイナーと旦那さんが当時の大人気音楽番組「夜のヒットスタジオ」に出て、歌手でもないのにデュエットをしたことがあった(曲は覚えていないがそれはどうでもいい)。
その時の衝撃ったらなかった。理由は、旦那さんの歌がドヘタだったから。
衝撃を受けたのは私だけではなかったらしく、当時大変話題になった。おそらくその衝撃の原因は、日本人がみな「黒人は全員歌が上手い」と、なんとなく思い込んでいたことにあった。
あんなに歌が下手な黒人がいるなんて! 目を見張る、いや、耳を疑う出来事だった。いやーインパクトあったなー。なつかしい。
「黒人でも音痴がいる。ということは運痴もいるのだ」と勉強になった。あの頃はね、まだ外国人が珍しかったから。
『周遊する蒸気船』と比較してみる
テンポがよくて、タイミングがよくて、意外性があって、緩急があって、コメディの大事なポイントをしっかり押さえてたもんで、のっけからびっくりして思わず噴き出したもん。
終始軽めのタッチで描きつつ、シリアスになりそうなところもシリアスになりすぎないよう、ちょいちょいコメディリリーフを配置して、最後にわーーーっと一気にスピードアップしてハッピーエンド化していくという展開。
この最後に向けて「うわーっ」と盛り上がって、細かいことにこだわらずに勢いで一気に終わらせる展開は『周遊する蒸気船』と同じ構成だった。
おまけに『周遊する~』に出ていたフランシス・フォード、ステピン・フェチット、バートン・チャーチルの三人が、こちら側にも出ていた。なんなの。ファミリーなの。気が付かないだけで他にもいたのかも。
この三人に関しては『周遊する蒸気船』の記事でも取り上げているので、今回はさらっと。
まずフランシス・フォードは監督ジョン・フォードのお兄さんで、『周遊する~』では飲んだくれの役だった。
今回は、お酒も飲んでいたけれど、”噛み煙草飲み” としての面が強調されていた。噛み煙草をくちゃくちゃやって唾(ヤニ)を吐くための「痰ツボ」探しをしてばっかりいるという役。裁判には陪審員として顔を出していたけど、でも結局は痰ツボに向かってヤニを吐いているだけ。
要するにどちらの作品でもストーリーに絡んでくるような役ではなく、映画のムードを担うコメディリリーフとしての登場。ストーリー的にはいてもいなくても構わない役だけど、なぜか印象に残って、映画の雰囲気を決定していたりするのね。
こういう飄々とした役が持ち味だったのかな。大事だよね、映画でも現実でも、こういう存在の人。
次に、プリースト判事の黒人の使用人ジェフ役のステピン・フェチット。
彼はちょっと(だいぶ?)頭の弱い黒人役で、『周遊する~』でも頭の足りない役をやっていた。というか、いつもこういう役をやっている。
一回くらいビシッとした役もやらせてもらえてるといいんだけど。
でも今回は自分からは全然笑わせない役だった。堅物シリアス役な憎まれ役。
ちょっとだけ気になった点もある
ジェロームと母親、恋人のエリー・メイの確執も「えーw その一言で片づけたかーww」と思った。ちゃんと考えればむちゃくちゃな展開。
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