エムログ

古い映画を中心に、本、仕事・・・etc. 驚くほど忘れてしまうので備忘録として。

【映画】「レディホーク(1985)」~RPG好きにおすすめの、中世ロマンティック・ファンタジー~

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題名 レディホーク
監督 リチャード・ドナー
出演 マシュー・ブロデリック、ルトガー・ハウアー、ミシェル・ファイファー
上映時間 121分
制作年 1985年
制作会社 ワーナー・ブラザース、20世紀フォックス
制作国 アメリカ
ジャンル ファンタジー、ラブストーリー、中世
 

「お前を天国で待っておる。必ず来いよ」「天国の鍵を盗んででも行きます」 フィリップとインペリアルの会話


最近、ルトガー・ハウアー死去のニュースを見てこの作品を思い出した(2019年7月19日死去)。一般的にルトガー・ハウアーといえば『ブレードランナー(1982)』なんだろうと思うが、私にとってはこの映画。10代のころ大好きだった、思い出の作品。


めちゃくちゃクズな司教から動物になる呪いをかけられてしまった騎士と伯爵令嬢と、それに巻き込まれたコソ泥が主役のファンタジー。戦いの場面は少なめ。

まるで定番のロール・プレイング・ゲームのような、絵にかいたような中世の世界が楽しめる映画で、かなり甘めのラブ・ストーリーでもある。呪いにかけられた騎士とお姫様なんて、まるでおとぎ話か、ディズニー映画みたい。

私、これが小説だったら絶対読めないw でも映画だとあら不思議、すんなり入り込める。

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【登場人物】
フィリップ・ガストン コソ泥(ネズミ)
エティエンヌ・ナバール 騎士(オオカミ)
イザボー・ド・アンジュー アンジュー伯爵令嬢(タカ)
アクイラの司教(クズ)
インペリアス 神父(失敗を取り戻したい)


騎士のナバールは昼間はタカに姿を変えた伯爵令嬢イザボーとずっと一緒。だけどナバールは夜になるとオオカミになり、イザボーは夜だけ人間の姿に戻る。夜だけ人間に戻ったイザボーは、ずっとオオカミのナバールに守られている。だけどイザボーはオオカミに姿を変えたナバールにしか、会えない。二人が同時に人間の姿になれる時間は、ない。もし運が良ければ、夜明けと日没のほんの一瞬の間に、姿を変える相手の姿が幻のように見える時があるかも。見つめ合うことすら奇跡なのだ。

こんな仕打ちを二人に科したのは、アクイラという街のカソリックの司教。やつはジジイのくせに、美しいイザボーに心を奪われ、何が何でも手に入れようと画策するが叶わず、イザボーは逞しい騎士団の隊長ナバールに恋をする。あたりまえだ。

それを知ったジジイの司教は「自分が手に入れられないのなら、誰も手に入らないようにしてやる」と、お互いが決して結ばれないよう、それぞれ交互に動物の姿に変身するよう、呪いをかける。ナバールは陽が沈むとオオカミの姿に、イザボーは陽が昇るとタカの姿に。決して人間の姿で触れ合うことはないように。

ナバールは司教への復讐に燃える。厳重な警備をくぐり抜け、なんとかアクイラの司教をこの手で殺したい。しかしクズの司教は臆病で用心深いから、厳重な警備と堅牢な城に守られて手が出せない。

そこへ、われらが主人公(この映画の主人公ね)、コソ泥のフィリップ登場。

というか、映画はここから始まる。

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****** あらすじ ******
コソ泥のフィリップは、ケチな盗みが見つかって「脱獄不可能な」アクイラの牢屋に入っていた。しかし器用で頭の回転も速いフィリップは、まんまと牢を抜け出すことに成功。案の定、司教のはなった追っ手に追われるはめになる。うまく追っ手をかわしつづけるフィリップだが、自分のわきの甘さが露呈して、いよいよ絶体絶命だ。

そこへ救世主のように現れるのが、騎士ナバール。彼は真っ黒な愛馬にまたがり、美しく立派なタカを腕に止まらせていた。行動を共にするフィリップは、やがて彼らの悲劇的な運命を知ることになる。

「出られたら、入れる」ということで、アクイラの牢を抜け出したフィリップを案内役に得たナバールは、自分達に呪いをかけた司教に復讐するため、アクイラの街へと向かうのだった。
***********************

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主役のマシュー・ブロデリックが若くてかわいい。ちょっと髪型がきれいに刈り揃えられすぎていて、後ろから見ると「ヅラ」のように見えなくもないが、そこは目をつむってもらいたい。

注:この映画はナバールが主役な気もするが、クレジット的にはマシュー・ブロデリックが最初に出てるのだ。

このころのマシュー君は前年の『ウォー・ゲーム(1983)』もあって、わりとアイドル的な存在だったと思う。私にとっては ”マシュー君” ていう感じ。だから今でもマシュー君と呼んでしまう。本作『レディホーク』のあとも『フェリスはある朝突然に(1986)』『飛べ!バージル!/プロジェクトX(1987)』『ファミリービジネス(1989)』と来て、その後はいつの間にか実力派俳優になっていた。『プロデューサーズ(2005)』なんかも代表作。


そして途中で合流する神父インペリアルがいい味出してる。こいつは神父のくせに、自分のところに告解に来た二人の懺悔の内容を人に漏らすという、神父ならば絶対にやってはいけないことを、あろうことかクソ司教に漏らしてしまうのだ。それで嫉妬した司教が二人に呪いをかける、という段取りになってる。

こいつが元凶。

だけどその責任をとるために、彼は彼で生涯をかけて呪いを解く方法を探し、見つけ、彼なりに命がけで二人を救おうとしている、いいやつでもある。

このフィリップとインペリアルは気が合ったみたいで、冒頭に引用したセリフに繋がっていく。私はこの会話を見た時、「そんなに行きたいもんかね」とは、思ったけど。

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しかし以前このブログでも取り上げた『ノートルダムのせむし男(1923)』のジハンといい、今作の司教といい、いかに惚れた女とはいえ、そんなやり方で手に入れて嬉しいもんかねえ。どちらも権力はある腐りきったジジイが、若く美しい女に執着して、しかも女は超分かりやすく王子様的な存在である強くて逞しい騎士に恋をして・・・って、ほとんどおんなじシチュエーション。そして卑劣極まりない手段を講じて、最期は「はいさようなら」と。 

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よくあるありふれたパターンだけど、よくあるパターンだということは、昔はよくある話だったってことでしょう(今もなのかな)。司教とお姫様まではいかなくても、地主と村娘とか、そのレベルならよくありそう。

そんなふうに手に入れて、あからさまに自分のことを愛してないのに毎日一緒に暮らせるもんなの? 嬉しいんだろうか。男の人は。毎日一緒にいれば、そのうち自分のことを好きになってもらえるとかって思うのかな。

あああ、私にはわかんないなー。男じゃないからなー。わからん。私はヤダ。悲しい。「なかなかこっちのこと好きになってくんないなー」「なんで好きになってくんないんだよ!好きになれよ!!」みたいな展開を想像して・・・ひとりでいいです。

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真面目な話(今までも真面目に書いてるけど)、この映画は個人的には好きなジャンルっていうわけでは別にない。たぶん同じこの内容で、ディズニー映画だったりしたら、わたしはおそらく見ない。「なんか嫌だな」って思う可能性がある。「めんどくさい」とか「おっくう」な感じ。だから見ない。

でもこの作品は全然そうは、思わない。今回もう30年ぶりくらいに見直したんだけど、思わなかった。

なぜか。

たぶん、”レディホーク” のイザボーが「短髪」だったからではないかと今回見て思った。この時代設定とか、シチュエーション、伯爵令嬢という人物設定で「短髪」って、普通はしない。絶対に腰くらいまであるロングだよね。お姫様なんだもん。

そういう保守的な匂いが、「なんかヤダな、めんどくさいな」と思う原因な気がする。

でもこのイザボーは、短髪だった。その短髪チョイスという選択に、なにかこう、現代的な思想とか潮流を感じて「嫌いじゃない」と思うのではないかなあ、と(このつたない文章で伝わる気がしない)。

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そしてこの映画を思う時、セットのように連想するPVがこれ。a-ha「Hunting High And Low(1985)」。a-haの曲ではこれが一番好き。物悲しくドラマティックな曲で、PVがまた大好きで。胸が熱くなって、郷愁みたいな気持ちにすらなる。ここまで読んでくれたなら、絶対に見てほしい。映画とは全く関係ないと思うんだけど・・・コンセプトが似てるでしょう。

 


a-ha - Hunting High And Low



ところでこの映画、動物に変身した後、服ってどうしてるの? 人間に戻った時って真っ裸じゃん、どうしてるの? って途中でやっぱりちょっと、思っちゃったんですけど、「まあファンタジーだからそこはご都合主義でいいよ」って思って目をつむるつもりだったのに、ナバールちゃんと服ぬいでた。しかもイザボーは明日用に服、用意してた。いやー、びっくりした。そこまで丁寧にするとは。真面目だなあ。


【映画】「さらばベルリンの灯(1966)」~いぶし銀のスパイ映画。リアルな演出がじわじわとしみる~あらすじ付き

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戦勝国であるアメリカ・イギリス・フランス・ソ連に、敗戦国ドイツが分割統治されていた時代。ソ連管轄地域の真ん中に、離れ小島のように存在したベルリンを東西にわける壁(ベルリンの壁)ができて5年後の作品。


****** あらすじ ******
戦勝国であるアメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4か国は、ドイツの非軍事化、非ナチ化、民主化を進めていた。しかしナチの残党は根強く残り「ネオナチ」として地下活動を続けている。しかも彼らは市民の中に紛れ込んで活動しており、彼らを見分けるのは容易ではない。英国はそんなネオナチの動向を探り壊滅するため、ふたりのスパイを送り込んでいたが、つぎつぎと殺害されてしまう。そして3人目として白羽の矢が立ったのが、中東専門に動いていたスパイ、クィラーだった。

前任者が護衛を断り、脊椎を狙撃されて命を落としたにもかかわらず、クィラーも「一人の方が動きやすい」と護衛を拒否。単独で任務に当たり始める。

調査を開始したクィラーは、若く美しい学校教師インゲと出会う。その帰り、何者かに拉致されたクィラーはネオナチのアジトに連れ込まれ彼らのリーダー、オクトーバーと接触する。オクトーバーは自白剤を用いてクィラーから情報を得ようとするが失敗。クィラーを殺害するように命令するが、なぜか投薬された薬品は致死量に至っておらず、クィラーは正気を取り戻す。

インゲと連絡をとったクィラーは、彼女と一晩を共にし、彼女の父親の友人が昔ネオナチの一味であったことを知る。今ではネオナチから足を洗っていたその友人と接触を試み、彼らのアジトを突き止める。

クィラーがアジトに潜入すると、そこにはインゲの姿があった。
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情報源の女教師は美人だし、お約束的に彼女と寝てはいたが、劇画的な007シリーズなどとは一味違う、かなり現実的なスパイ映画。

実際、ジョージ・シーガル演ずるスパイ、クィラーは、全然楽しそうじゃない。表情は伏し目がちな上目使い、眉毛をいつも八の字にした困ったような顔つきで全くさえないし、足取りも重く、猫背でもそもそと動いていて、全然乗り気じゃない感じ。おっくうそう。

必要なときは人懐っこい笑顔も作るし、襲われたりすればもちろん敏捷に動くのだが、ジェームズ・ボンドのような「スパイが天職、特権も楽しんでるぜ」っていう感じでは、全くない。仕事だし、能力も高いし、簡単には足も洗えないから嫌々やっている感じすらある。

実際、まるで中間管理職のように上司からは監視され、現場でも他の諜報員の監視付き。上司は部下の事なんてただのコマとしか考えてないふしもあるし、実際休暇中にベルリンまで呼びつけられて仕事につかされている。

それにたとえ味方の人間であっても、だれも信用できないし、信用しないという、なんとも言えない世知辛さが滲み出ている。

そこにジョン・バリーのせつないメロディが流れて、さらに物悲しさが強調される。

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結局インゲや学校の先生なんかもネオナチだったんでしょう?

前任者のジョーンズと同じ轍を踏み、あやうく結末まで同じ結果になるところだった。

映画ではさらっと描かれているが、結局そういうことだよね。でてくる登場人物、すれ違う人まで、みんな敵。しかも見た感じはいたって善良そうな、ごく普通の人達。得体が知れない恐怖。

「こういう静かにしなやかな人たちの中で、優生学的なナチズムが息づいているのだとすると、なんかすごく怖いなあ」と思わせる。

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あんまり親切に説明してくれる映画じゃないし、実際淡々としていて派手さはないし、「あー面白かった」という映画では、全然ない。

だけどなにかこう、あとから少しずつ少しずつ、皮膚からなにかが、悲しみみたいなものが沁み込んでくるような、そんな大人の映画。

要所要所でかかるジョン・バリーのテーマ曲がすべてを現しているような、やけに物悲しい後味の映画で、私は好きだった。


The Quiller Memorandum John Barry さらばベルリンの灯 original sound track


『2300年未来への旅(1976)』『八十日間世界一周(1956)』と紹介してきたマイケル・アンダーソン監督作品。私は『1984(1956)』もDVDを持っているはず(見つけられないのだが)。 

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前者はSF、後者は冒険もの、そして今作は渋いスパイもの、ということで、いろいろなジャンルの映画をモノにしている監督だなあ。ま、『2300年~』はモノにしているとは言えないかもしれないが(でもSFジャンルでは有名な作品だからね)。

今までマイケル・アンダーソン監督の名前を全く意識せずにDVDを買ってきたのに、大した本数を持っていない中現状4本も持っていたことになるのだから、これはもう実は”ファン”と言ってもいいのかもしれないなあ。

『1984(1956)』を探してみよう。じゃね。

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題名 さらばベルリンの灯
監督 マイケル・アンダーソン
脚本 ハロルド・ピンター
原作 アダム・ホール(エルストン・トレヴァー)「不死鳥を倒せ」1965年
出演 ジョージ・シーガル、アレック・ギネス、マックス・フォン・シドー、センタ・バーガー、ギュンター・マイスナー
音楽 ジョン・バリー
上映時間 107分
制作年 1966年
制作国 イギリス
ジャンル スパイ、ドイツ、60's


【映画】「殺人幻想曲(1948)」~プレストン・スタージェス監督のドタバタ・コメディ~

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この作品をリメイクした『殺したいほど愛されて(1983)』をかなり前に見てもの凄く面白かったので、そのオリジナルの方を見てみた。


主人公は妻の浮気を疑い殺害しようと完全犯罪をもくろむのだが、あまりにも自分に都合よく考えすぎていて全然うまくいかず、グズグズになっていくというコメディ。


主人公のアルフレッドは世界的に有名な指揮者。若くて美しい妻ダフネをもらってラブラブ絶好調。ところが自分が出張しているあいだに、自分の秘書であるトニーと浮気しているのではないかと疑い、彼女の殺害計画を練る。

練るのだが、その計画を練るシチュエーションが面白い。自分のオーケストラの演奏中に指揮棒を振りつつ殺害計画を妄想するのだ。

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一曲目、ロッシーニの『セミラーミデ』を指揮しながら考える殺害計画とは、

1)まずは自分の声で「助けて!助けて! トニー、やめて!」などと叫んだ声を33 1/3回転でレコードに吹き込み、それを78回転にして甲高い女性の声に変える。
2)そしてダフネをカミソリで殺害。録音したレコード盤を他のレコードに混ぜてプレーヤーにセットし、部屋のドアを開けると電話の受話器が外れるように準備して部屋を出る。
3)トニーを呼び出し、犯行に使ったカミソリにうまくトニーの指紋をつけて犯行現場に残し、レコードをセットし、トニーを残して自分は外出する。
4)ダフネを待つように言いつけられたトニーが大人しく部屋でダフネを待っていると、隣の部屋から女性のカン高い叫び声が聞こえてくる。そこでトニーがダフネの部屋に踏み込むと、照明が倒れて転倒。電話の受話器が外れ、自動的に交換手に繋がる。
5)ダフネが殺されているのを見たトニーは取り乱し、その様子を交換手が聞いている。そこにアルフレッドはうまく居合わせてアリバイを確保する。
6)トニーは捕まり、復讐は大成功。やったね。

指揮棒を振りながらいろいろ妄想していたら、それがあまりにも(頭の中では)上手くいっちゃって「完璧だ!」と嬉しくなって、指揮しながら笑っちゃってるのww そしてそれがどういう訳か曲に見事にはまって、いつもに増して盛り上がる名演奏になってしまって大喝采。

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二曲目のワーグナーの『タンホイザー』では、別バージョンを妄想。

こちらでは妻の浮気を「若者は若者同士がふさわしい」などと言って二人の関係を許し、さらに10万ドルの小切手を切るという、寛大な大人の男バージョン。

「かっこいい俺」的に妄想しながらやたらと指揮棒を振っていたら、バカに「感無量」みたいなドラマチックな演奏になって、こちらも大喝采。ダフネも感激して惚れ直してるくらい。


ラストの三曲目はチャイコフスキーの「フランチェスカ・ダ・リミニ」。

こちらでは、彼女をめぐってトニーとロシアン・ルーレットで対決するという修羅場バージョン。

だけどこれは失敗して自分が死んでしまうという結果になるが、やっぱりめちゃくちゃ感情移入して指揮棒を振っていたら、やっぱり大喝采の大成功。


全然違うこと考えてるのに、ことごとく名演奏になっちゃうw 

私はクラシックの知識が全くないのだけど、もしかすると曲の主題と関係があるのかな。曲のテーマに妄想の方が引きずられて影響を受けている感じなのかも。

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で、大喝采なのにもかかわらずアンコールもせずに「さあやるぞ」とさっさと帰宅して実行にうつそうとする。ダフネが帰ってくる前に準備しなきゃいけないもんね。

と、こ、ろ、が、最初の手袋選びで早速つまづく。録音機材もどこにしまったか分からないし、ようやく見つけたと思ったら一度も使ったことがないらしくて使い方が分からない。トリセツ見ながら挑むが、トリセツが分かりにくい(あるある)。もうバタバタのグズグズ。

それでも「初志貫徹!」というか、妄想通りに実行しようとし続けるが、妄想は妄想。あまりにもご都合主義すぎて何一つうまくいかない。

カミソリは見つからないし、小切手を書こうにもインクが出ないし、ロシアン・ルーレットも銃の弾が見つからないし。

部屋中めちゃくちゃで、このままダフネを殺しても「物取りの犯行」ってことで捜査が進みそうなレベル(笑)

いい奥さんなんだけどねw 妄想内ではアルフレッドに、ものすごく嬉しそうに笑いながらめちゃくちゃに切り付けられてましたけどw(映らないからグロくは全くない)。

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この顔である


主演のレックス・ハリソンがやたらと軽いw この頃40歳くらいなのかな? 今の感覚だと50歳くらいの感じだと思うんだけど、わたしゃ軽い男があんまり好きじゃないし、軽い熟年なんてますますヤダから、「かるっ!」と思いながら笑って見てましたけどね。

言い換えれば「若々しい」ってことなのかもしれないけど。

自宅のクローゼットとかバスルームの扉を、本棚模様にしているような、そんな男(本物の本棚もありそうだけど)。

それに痩せすぎだよー。おじいちゃんみたい。もう少し肉がついて、貫禄が欲しいなあ。

ま、それも「若々しい」ってことかもしれないけど。

レックス・ハリソンと言えば『マイ・フェア・レディ(1964)』のヒギンズ教授が有名だけど、この名作を私はあまり好きではないので、レックス・ハリソンとは相性が良くないのかもしれない。二枚目スターなんだろうけど、よーく見るとハンサムなのか分からない顔してたし。


でもそんなことはどうでもいい。一番関心を持ったのは、使用される録音機材。

確かリメイクはソニー製のボイス・レコーダーだったと思うけど、こちらの録音機材がポータブル(と言ってもデカいけど)のレコード・プレーヤーで、レコード盤に音声を録音出来るの。私は「スイッチが一杯な機械」が大好きなので、俄然注目してしまった。

再生するプレーヤーも、5枚くらいのレコードを連続で再生出来てすごいハイテクなの。戦後まもなくですよ。あんなのもうあったんだー。ていうか、レコード・プレイヤーであんなのあったんだー。凄いなあ。

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結局けっこう面白かったんだけど、ちょっとスタージェス監督の演出が過剰に感じたよ。財布のファスナーを開ける時とか、サンドイッチをつつく時とか、動きに合わせて「ギーッ」とか「ビョーン」とか、一々効果音が鳴るのがウザい。

それに前半の火事の騒動、全体的にドリフのコントっぽかったよ。演出が安っぽい。それに後半の犯行実行シーンでは、音楽が行動に合わせてついてくるというか、ギャグの部分を音楽が強調して「ここですよ」みたいになっていて、監督ちょっとやりすぎ。

私はリメイクの方を「すごく面白いコメディだった」と思っているんだけど、どうだろう。今度みなおしてみます。じゃねー。

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目つむっちゃってるものー


題名 殺人幻想曲
監督 プレストン・スタージェス
脚本 プレストン・スタージェス
出演 レックス・ハリソン、リンダ・ダーネル
上映時間 105分
制作年 1948年
制作会社 20世紀フォックス
制作国 アメリカ
ジャンル コメディ、40's、モノクロ


⤵ ㈱ジュネス企画さんのDVDは高いんですよー。5000円くらいする。パブリックドメインも出してるんだし、もう少しお安くなりませんかね。そしたらもっと買うんだけど・・・。

【映画】「失われた航海(1979)」~事実に基づいて作られた群像劇タイタニック~

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本作は1979年の英米合作のTV映画。タイタニックが主題の映画では初のカラー作品で、制作費は500万ドル。日本では劇場公開もされているらしい。


DVDのパッケージを見ると「セミ・ドキュメンタリー」として制作されたとある。映画冒頭で「事実と関係者の談話に基づいて作られた」と断りが入っている。


今まで私が見たタイタニックが主題の作品は、ジェームズ・キャメロン版『タイタニック(1997)』、『ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密(2003)』、『タイタニックの最期(1953)』の三本。

ジェームズ・キャメロン版『タイタニック(1997)』と『タイタニックの最期(1953)』は、前者はジャックとローズの、後者は上流階級のスタージェス一家という架空の人物のドラマを中心に添え、周囲に事実を散りばめてタイタニック号の沈没を描き出す手法だった(2003年の作品は実際に海中に沈没しているタイタニックを取材した完全ドキュメンタリーだから比較しない)。 

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すると本作は、大勢の実在の人物を描く群像劇となっているのでだいぶ趣が違う。特にキャメロン版タイタニックはかなりエンターテインメントに寄せていたので、「迫力!」みたいな、特撮などの技術的な部分に期待が大きいと本作は物足りないかもしれない。

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面白いなと思ったのは、他の作品は「一等客室」と「三等客室」の乗客の待遇の違いをクローズアップしているのに対して、本作は「二等客室」の乗客にスポットをあてていて、「一等」「二等」「三等」の乗客に公平にスポットをあてている点だ。

以下は断りがない場合は実在の人物。


まず「一等客室」だが、ここは全乗客の中で最も裕福だったジョン・ジェイコブ・アスター四世とその後妻で幼な妻のマデリン(映画ではマドレーヌ)夫妻と、「不沈のモリー」とあだ名された成金モリー・ブラウン(本名はマーガレット・ブラウン)を中心に描かれている。

友人が自分のこととして、そして「共通の悩みでしょ」的に口にする、「若い妻が自分を愛してくれているのか、それとも地位や財産目当てなのか自問自答しているよ」の言葉を聞いている時のジョン・アスター四世の表情は印象的。

妻を救命ボートに乗せる際、「妻が身重なので自分も一緒に乗っていいか」と聞いて断られているが、その辺も実際のエピソードらしい。


そしてモリー・ブラウン。かなりの有名人で私が見たタイタニック映画には全部出てくる。もしかすると本当に全てのタイタニック作品に出てくるのかもw この作品でも自分が乗った救命ボートを、生存者救出のために戻らせようとしていた。

とにかく強い印象を与える、行動力のある女性だったっぽい。成金で、いかにも成金といった教養のなさと、上流階級にはない率直かつ正直な人柄、人間味、そしてリーダシップを持った魅力的な人物として、つねに描かれている。興味深い女性だなあ。

でも今作でのモリー・ブラウンをやった女優さんはあまり好きになれず、イメージとも違うし、ちょっと残念。

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次に「二等客室」だが、ここでは教師のローレンス・ビーズレーと、架空の女性教師リー・グッドウィンを中心に描かれている。

二人は二等客室の乗客だけが使用することを許されたデッキで、下に三等客船の乗客を、上に一等客船の乗客を眺めながら、「一等、二等、三等と別れていて互いに行き来出来ないのは、階級社会であるイギリス社会の縮図なのか、それとも持っている金の多さで人間の格が決まるアメリカ社会の縮図か」を議論するという、意識高い系のふたりだ。

映画では出てこないが、実際のビーズレーは日記をつけていて、そこに唯一乗っていた日本人、細野正文を侮辱する内容が含まれていたというエピソードがあるらしい。「他人を押しのけて救命ボート(13号ボート)に乗った嫌な日本人がいた」と書いていたとのことで、細野氏は帰国後いろいろ非難されて大変だったのだとか(余談だが、細野正文氏はあのYMOの細野晴臣のおじいちゃんらしい)。

しかしビーズレーが日本人だと思ったのは勘違いで、実は中国人であることが発覚し、細野氏は名誉を回復したんだとか。えええ。細野氏は良かったけど、どっちにしろアジア人差別は変わらないのね。ビーズレー氏にとっての不名誉は変わらず、と。でも当時の白人にっては今以上に人種差別は普通のことだったわけだから、ビーズレー氏が特別な人種差別主義者というわけではない。

とはいえビーズレー氏の日記には日本人にせよ中国人にせよ、そのような差別的な記述は見当たらず、細野氏を非難していたのはむしろ日本人だったという話もある。1997年のキャメロン版タイタニックの宣伝に利用された説もあるみたい。


まあよく分からない話なのだが、ちょっと「おや」と思ったのは、細野氏が実際ボートに乗り込んだ経緯と、映画でビーズレーがボートに乗り込む経緯がすごく似ている、ということ。

細野正文氏は当時、このように語っている。

「ふと舷側を見ると今や最後のボート卸ろされるところで中には45人分の女子供が乗って居たが、スルスルと1ヤードか2ヤード程卸した。ところが何か滑車に故障があったと見えてピタリと止まった。ふと聞くともなしに聞くと『何にまだまだ3人位ゆっくり乗れるじゃないか』と船員同士の話声がした。私は立ち止った。すると私の側に居った一人の船員がヒラリとばかりにボートに飛び下りた。見るとボートは元の儘、舳のところが空いて誰も居ない。これなら飛込んでも誰れにも危害を与えまいと思ったので、いきなり飛び下りた。 」 Wikipedia「細野正文」より引用

とのこと。

すごく似てない? 因縁を感じさせる演出になってますけど。

でも、映画の制作サイドが、唯一の日本人乗客だった細野正文氏が当時日本で非難されていたエピソードを知っていて、そのきっかけを作ったと言われているビーズレー氏がボートに乗り込む際の描写にあえて使ったとは、私にはちょっと考えられない。

うーん。偶然にしてはちょっと出来すぎな話ではあるのだが。

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そして「三等客室」は、タイタニック号出航2日目にボートで乗り込んでくる、大勢のアイルランド移民を中心に語られる。特にアイルランドの若者マーティン・ギャラガーと、彼の恋人になる名前のない美少女が中心だが、彼らが実在かどうかを確かめることはできなかった。

なんか捨て駒っていうか、タイタニックの三等客室の様子を描くために用意されただけの感じで、描かれるストーリーも「ただの若者の恋愛模様」でしかなくて、特に思うことはない。

一等は初老の貴族と身分違いの幼な妻を、二等は意識高い系の大人のめんどくさい恋のさや当てを、三等は若者と美少女の合コンの模様を、といった感じで住み分けられてるし、中でも一番内容のない若者の合コンが三等に振り分けられたよ、という感じ。


ひっかかったのは、美少女登場シーン。彼女、二等のデッキにいる教師ビーズレーを意味ありげに見上げていて、何かあるのかな?と思わせて何もない、という結末。あれ、なんだったの。私には分からなかった。

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他の定番の登場人物たち。

まずスミス船長。彼は進行方向に氷山があることを知りながら問題視せず、高速で突破すれば大丈夫と判断する船長として描かれていた。そして最後、社長のイズメイがボートに乗り込むのを「お前乗るの」的に眺めていた。

実際は船と共に沈んだと考えられているが、遺体が発見されていないことと、救命胴衣を着たスミスが海中をただよっていたとの目撃情報もあって、生存説もあるらしい。


そして設計主任のトーマス・アンドリュース。彼は一番高潔な感じに描かれていたように思う。責任感が強く、最期は静かに船と運命を共にする。彼が最後に目撃された情報によると、一等客室の喫煙室で、壁に描かれた絵画「プリマス港」をじっと見つめていたとのことで、映画ではまさにそのまま描かれていた。


さらにタイタニックの管理をしていたホワイト・スター・ライン社の社長イズメイ。彼は最後ボートに乗って生還したことから、帰国後大変な非難を浴びて退職したらしい。映画では、ボートを降ろす乗組員に口やかましく指図して、「何も分からないくせに指図するな!あんた何様だ!」と問われ、自分可愛さに名乗ることが出来なかったが、これはほぼ事実らしい。

そしてタイタニックが沈むことが信じられない様子でぽかんと上空を見つめていたとの目撃証言も。

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映画を観ての感想は、ほかのタイタニック映画のように「一等」「三等」の対比だけでなく「二等」も追加されている群像劇であること、TV俳優たちに馴染みがなく顔と役割を覚えにくかったこと、群像劇として大勢の登場人物にまんべんなくスポットがあてられていることから、一回見ただけでは登場人物たちの相関関係などを追うことが出来ず、ピンとこなかった。

そこで少し登場人物を整理してもう一度見てみた次第。

最近は映画スターも消え去り、映画だろうがTVだろうがネット配信ドラマだろうが、大スターはもう過去の遺物と化してしまったが、やはり映画スターとTV俳優との格の違いを見た作品だった。あまり魅力的な、印象的な俳優が出ていない。


そんななか、『クイーン(2006)』や『コックと泥棒、その妻と愛人(1989)』などの名女優ヘレン・ミレンがメイド役で出ていたのは収穫だった。さすがにまだこの頃30代。「若いっていうことは美しいことなのだな」と思った。かわいい。そして魅力的。

ちょっとした役だけど、冒頭ではアスター四世の幼な妻マデリンから服をもらう約束をしたり、沈没騒ぎのさなか救命胴衣を着ないで乗客優先に動いているような、控えめかつ常識的な女性として登場し、設計士トーマス・アンドリュースとの淡い恋というのか、心の通い合いみたいなものが芽生えかけていて、そして彼の最期の姿を目撃する役割を与えられていた。

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ところで、このDVDは98分作品なのだけど、元は二晩かけてTV放映された150分くらいある作品で、劇場公開時に100分程度に編集されたのだということ。残念。50分もカットしたら、全然別作品になっちゃうんじゃないの。

あの美少女が教師ビーズレーを意味ありげに見上げていたシーンなんかも、フルで観るとなんかあるんでしょうか。生徒だったりとか?

タイタニックから救難信号を受け、救出に向かうカルパチア号目線のシーンが描かれていたことも新鮮だったし、「短縮版ではなくフルで観たかったなあ、残念だなあ」と思う、地味ながらも決して悪くはない作品だった。



題名 失われた航海
監督 ビリー・ヘール
脚本 ジェームズ・コスティガン
出演 デヴィッド・ジャンセン、ハリー・アンドリュース、クロリス・リーチマン、ヘレン・ミレン
上映時間 98分
制作年 1979年
制作国 イギリス・アメリカ合作
ジャンル ドラマ、パニック、歴史


⤵ DVDは中古でしか手に入らずでした。

【映画】「ガス燈(1944)」~自分で自分を信じられなくなる恐怖。テーマは心理虐待。~あらすじ付き

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観ると精神的苦痛で顔が歪む。わたしは終始、沈痛な面持ちでしかめっつらで観てしまった。と言ってもそれは、心理面で非常によく出来た映画だからであって、駄作だからじゃない。

ああー、こんな風に扱われたら鬱になって気が狂ってしまうよ。


****** あらすじ ******
時は「ガス燈」の時代。ロンドンのソーントン・スクエアで、著名な女性オペラ歌手アルキストが殺された。未解決のまま犯人は見つからず、アルキストの姪ローラは事件を忘れるためにイタリアへと旅立つ。

それから10年。叔母同様、声楽の勉強をしていたローラは、授業でピアノ伴奏をしていた男グレゴリーと恋に落ち、知り合ってわずか半月で結婚する。結婚後はロンドンの叔母の家で暮らすことをグレゴリーは希望し、トラウマを抱えるローラは気が進まないながらも、愛の力を信じてソーントン・スクエアへ戻って来る。

ロンドンでの結婚生活が始まるが、間もなくグレゴリーの態度が豹変。ローラはグレゴリーから精神病扱いされ、徐々に精神が本当に不安定になっていく。街で見かけたローラに往年のオペラ歌手アルキストの面影をみとめたキャメロン警部補は、10年前のアルキスト殺害事件の資料を引っ張り出して捜査を開始する。

キャメロン警部補の推理により、アルキスト殺害事件の犯人とその動機が明らかになり、ローラも救われるのだった。
***********************

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心理虐待が本作のテーマ。全く正常な人に対して様々な小細工をし、本人にも周囲にも、あたかもその人が異常であるかのように思わせて精神的に追い詰めていく虐待手法を、心理学用語で「ガスライティング」というらしいが、それはこの映画「ガス燈(GASLIGHT)」からきているらしい。

心理学用語になるくらい、確かにこの作品はよく出来ている。

この映画では夫であるグレゴリーが、妻であるローラを精神的に追い詰めていくのだが、その具体的な方法は、
1)まず、カメオ(?)のブローチを「祖母から母に受け継がれたものだ」と言ってプレッシャーをかけてプレゼントした後、うまく隠してローラが無くしたように思わせる。
2)いかにもローラが気に入らなさそうなタイプの若い女性をメイドに雇い、そのメイドの前でなにかにつけて世間知らずの子ども扱いをし、ローラの自尊心を傷つける言動をする。
3)精神的に不安定と決めつけて病気扱いをし、メイドたちにもそう思わせ、家から一歩も出ないようにいいつける。
4)久しぶりに劇場に誘って外出できると喜ばせておきながら、すぐに壁の絵がなくなっていることをローラのせいにして責め、外出を取りやめる。
5)ダルロイ夫妻の音楽界に招待され、やや強引に二人で参加すると、ピアノ演奏中、大勢の招待客のいる中で「時計がない」と言い出し、せっかく久しぶりの音楽に聴き入っていたローラの気持ちに水を差しつつローラのバッグから時計を取り出すという、手品まがいのことまでやっている。


「忘れたの?」「また忘れたのかい?」「また覚えていないんだね」「ほらごらん、思い出したかい?」と執拗に畳みかけられる。

しかもこういったことをいちいち他人の面前でおこない「奥様は(彼女は)頭がヘンだ」と思わせる。たとえば絵が無くなった時なんて、メイドをそれぞれ呼びつけ、やっていないと聖書に誓わせて、「奥様はなにか問題があるんだな」と思わせている。

その上それとは別に、グレゴリーが夜に出かけると、なぜかガス燈の火が細くなって部屋が暗くなったり、屋根裏で物音がしたりして不安になるが、メイドに「物音がするわよね」と聞いても彼女は耳が遠いから「聞こえません」と言われてしまう。すると私の幻聴かしらということになり、いよいよ自分を疑ってしまうのだ。

度重なる出来事をすべて自分のせいにされ、ローラはどんどん自信を失い、本当に精神が病み始めてしまうのだ。

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いやー、おっそろしい映画だった。ホラー的な恐怖ではなく嫌悪感。そりゃ病むよ、こんな扱いされちゃ・・・まず鬱には絶対になる。


旦那グレゴリー役のシャルル・ボワイエが名演。

登場からしばらくは、薄ら笑顔のいかにも腹に一物持っていそうな胡散臭い男として登場して、案の定、作り笑顔でローラを口説き、結婚した途端に「さあて!」とばかりに豹変。キライ。

時々急にスイッチが入ったみたいにヒステリックに怒りだしたりするところも怖い。で、「ああいけない、本性がでちゃった」的に、今度は猫なで声で真逆方向にスイッチを入れ直したりして、怖い。

静かに、親切ふうに見せかけて実は高圧的。完全にローラを無能な子ども扱い。キライ。

神経質そうで二重人格的に表情をコロコロ変えて、ローラを真綿で締めるようにじわじわと精神的に追い詰めていく。洗脳というやつもこういう風にやるんでしょうか。ああこわい。

冷たい、冷徹な目が、自分が処方した毒薬がどれくらい、どんな風に作用するかを観察しているような、冷徹な目が怖い。

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そして可哀想なローラ役に大スター、イングリッド・バーグマン。

病気でもなんでもないのに精神病みたいに扱われて、家に閉じ込められて、自分でも「私は病気なんではないか」と、「精神病なんではないか」と自分を疑い始めて、精神の平衡感覚を失ってしまうのだった(もちろん大丈夫なんだけど)。

イングリッド・バーグマンはこの映画で、1回目のアカデミー主演女優賞をとっているのだが、どうも私には彼女の演技の上手さが分からないのだった(2回目は『追憶(1956)』)。そこまで上手いかなあ。

『白い恐怖(1945)』を見ても、『オリエント急行殺人事件(1974)』を見ても、私には大根に見えるのだが(ちょっと言いすぎかもしれないが)。 

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ジョゼフ・コットンがかっこよかった。『第三の男(1949)』の時は「格好いいけどやや軽めだな」と思ったが、だんだん好きになってきた。中年になっても輝くタイプでいい。 

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自分の身に置き換えやすくて、精神的に壊れていく恐怖を自分のことのように実感できる映画だが、ちゃんとコメディ・リリーフが登場して要所要所で笑わせてくれる。

ローラがイタリアへ一人旅にでかける汽車のなかで知り合う婆さんのスウェーツさん。彼女はローラがロンドンに引っ越してからはご近所さんになるのだが、まー、空気が読めない、詮索大好きな婆さんとして登場。

6人の妻を次々と殺して地下に埋める男の小説を読んで興奮し、嬉々とした顔で「わたし怖い話が大好き。”吸血鬼ベッシー”ってあだ名されてるのよww」と言い、ローラが昔、ソーントン・スクエアに住んでいたことを知れば、「何番地かしら。昔殺人事件があったのよ。ご存じ?」と嬉々として夢中で話し、無人となっていた事件の屋敷に10年ぶりに誰かが引っ越してくると知れば顔芸で笑わせてくれて、「中を見られないかしら」と何度もでかけていく。

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二人のメイドもいい味出してるし、キャメロン警部補がダルロイ夫妻の音楽界であてがわれる女性もチョイ役でありながら、出の一瞬で笑わせてくれる。脇役がいいと映画はさらに楽しめる。


詮索大好きスウェーツさんがラストシーンでいい味を出していて、「ヤダヤダ、ああいやだ」と終始しかめっ面で鑑賞していた私も、最後は笑って見終えることが出来ました。ありがとう。



題名 ガス燈
監督 ジョージ・キューカー
出演 シャルル・ボワイエ、イングリッド・バーグマン、ジョゼフ・コットン
上映時間 114分
制作年 1944年
制作会社 MGM
制作国 アメリカ
ジャンル サスペンス、心理、40's、モノクロ、アカデミー主演女優賞


【映画】「ディーバ(1981)」~おしゃれな映画は、時を経てもやはりおしゃれ~

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引用:「オペラ座?」「お尻よ」 ジュールとアルバの台詞より


青が印象的な映画。

冒頭いきなり始まる「ラ・ワリー」の導入から一気に映画に引き込まれる、80年代青春映画の傑作。

『ベティ・ブルー(1986)』も話題になった、ジャン=ジャック・ベネックスの監督デビュー作。スタイリッシュな映像とアイディアあふれるガジェットの使い方で、極めておしゃれな映画になっている。ヌーヴェル・バーグ以降、久しく元気のなかったフランス映画を盛り上げ、その後台頭するリュック・ベッソンやレオス・カラックスなど新世代の監督たちへつづくフランス映画ブームをつくったきっかけの作品。


いくつかのストーリーが交錯する話になっているが、特に難解というわけではない。

ポイントは「主人公、警察、ふたつの犯罪組織が、ふたつのカセットテープの行方を追う」というところ。主人公は、カセットテープのひとつは当事者として、もうひとつは無関係の巻き込まれ型として、ふたつの犯罪組織に、そして警察にも追われてしまう。

ひとつめのテープは、正確にはオープンリールの録音テープなのだが、これは「決して自分の歌を録音しない歌姫シンシア・ホーキンスのリサイタルを録音したテープ」で、彼女に心酔する主人公ジュールが、彼女のリサイタルでこっそり録音した盗聴テープ。

もうひとつは「売春など人身売買に手を染める犯罪組織 ”カリブ海” の黒幕の名前が吹き込まれた、売春婦による内部告発のカセットテープ」で、これは全く偶然ジュールのバイクにすべりこんできたテープだ。

この「シンシアの盗聴テープ」の方を ”海賊盤” 目当ての中国マフィアが、「内部告発テープ」の方を ”カリブ海” の殺し屋が追う。そのため両方を持っているジュール自身が必然的に追われる身となってしまう。そして当然警察も絡んでくる。


この映画のジャンルはなんだろう。サスペンス映画的でもあり、アクション映画的でもある。私は青春映画として位置付けているけども。

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この映画は、ガジェット好きにはたまらないサブカル臭満載のオタク映画だ。そしてそれぞれの登場人物が使用しているモノが、隅々まで厳選されていて、監督はそういう「モノ」を効果的に使うことによって、主人公たちのキャラクターを演出している。


まずは主人公ジュール。彼はただの郵便配達員で、内向的そうな普通の青年。郵便配達員だからお金はないだろうと思われるのに、身のまわりはアート感あふれる一捻りしたモノにあふれている。

まずは彼が乗っている、郵便配達のバイク。映画の中では「モビレット」と言っているが、いわゆるスーパーカブ的な原付バイクなのだが、その前輪の泥除けにロールスロイスのシンボル「フライング・レディ(スピリット・オブ・エクスタシー)」がついている!

一説には盗もうとすると引っ込むとも言われているフライング・レディが、なぜスーパーカブに! このシンボルだけでも百万とも二百万とも言われる超高級品。これはジュールが住んでいる家に関係があるのだが、彼の家の玄関?の周りには、やたらと廃車がころがっていて、その中のロールスから取ったもののよう。

このアイディアがセンス良くて、10代20代のころ「真似したい」と思わせた格好良さなのだった。

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その自宅がまたすごくて、どういうところに住んでいるのかちょっとよくわからない。

まず自宅が、何階かは分からないが建物の上の方にあるらしいのだが、そこへ行くのにエレベーターならぬ業務用リフトでバイクごと「ぐおおおーん」と上がっていく。するとだだっ広いフロアに到着して、廃車が何台も転がっている。近くに自宅の入り口があるのだが、ドアがついてなくて、光を通す程度の磨りガラスみたいな、プラスチックみたいな黄色い板が2枚ついているだけで、風とか冷気とか全然防げそうもない。

中はだだっ広いロフトで、床や壁中、前の住人が描いたらしい(ちょっと怖い)車や人物のアートがたくさんある。車の絵なんてヘッドライトが点いたりして芸が細かい。床にはラクエル・ウェルチらしいヌードの絵が。

想像するに、雑居ビルみたいな業務用の建物で、この階には車の修理工場があったと見る。リフトで廃車をあげて、中で修理していたのではないかな。すると部屋の中が車の絵だらけというのも自然だ。

こういう倉庫を改造して住む「ロフト」って、80年代に流行ったんですよ。あこがれたなあ。

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さらにジュールがシンシア・ホーキンスのリサイタルに持っていく録音機材がすごい。NAGRA(ナグラ)のポータブルのオープンリール・デッキという、今買ったら中古でも100万円くらいはしそうなシロモノ。つぎ込んでるなあ。

この、超高級デッキで、当然普及版のカセットテープなどではなくオープンリールで、そして録音する場所も最高の席で、という完璧な録音だったがゆえに、海賊盤を出したい中国マフィアに追われてしまうのだ。オタクのこだわりが、命を脅かす。

自宅には他にもオーディオ機器が並んでいるし、部屋を荒らされたあとの様子を見れば、かなりの量の音楽テープがあったと思われる。マニアの鏡。

こんなにめちゃくちゃにされちゃって、私がジュールだったら生きる希望がなくなって鬱になるかも。

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次に、レコード・ショップで知り合うベトナム系少女アルバ。いくつくらいなのか全く分からないが、15歳くらい? レコード・ショップでLPを盗むんだけど、その大胆な手法。自分のヌード写真を持ち歩くなんて、いやー、これは意表をついて見逃してあげるのも無理はない。

そして彼女がはいている、オペラ座がプリントしてある、大胆なデザインのタイト・スカート! これが冒頭の引用につながる。

彼女は後述する「大人すぎる男」ゴロディシュにペットのように飼われているんだけど、彼女はかなり優秀で、ジュールが危険にさらされた時の冷静な対応。頭いい感じ。万引きの常習犯みたいだし、若くしていくつもの修羅場をくぐってきたかのような落ち着きっぷり。かっこいい。

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そして悟りの境地にいる男。波を止める夢をみる男。ゴロディシュ。乗っている車はシトロエン11CV。


引用:「温度が大切だ。バケット。ナイフは薄すぎず、厚すぎず。パンの中身は新しすぎず、古すぎず。芸術だよ。それがフランス人の趣味のよさだ。いいか。バターを塗る。接着剤や洗剤でハイになる奴もいるが、おれの ”悟り” はこれだ。バターを塗る瞬間の禅の境地。いいかい、もはやナイフもパンもバターも存在せず、運動だけ。空間。無だ。」 ゴロディシュの台詞


何言ってるのか全然わからない(笑) キャビアのサンドイッチを作りながら、悟りと禅を語るのだ。


このゴロディシュも広い広いロフトに住んでいて、広ーい部屋にぽつんとバスタブが置かれていたり、葉巻を吸いながらバスタブに浸かるゴロディシュの周りをアルバがローラースケートでくるくる回っていたり、部屋の真ん中で哲学者のような顔をして大きなジグソーパズルをやっていたり。

ジュールが危機に陥った時は、これ以上ないくらいタイミングよく現れてジュールを救うし、その後の活躍も「神のごとくすべてを見通している男」といった具合。そのご都合主義ぶりすらも格好いい。

このゴロディシュをやっているのが、私の好きなリシャール・ボーランジェなのだが、彼はピーター・グリーナウェイの『コックと泥棒、その妻と愛人(1989)』でも、ゴロディシュとは少し違うが「すべてを把握している男」をやっていた。



この映画はなんだか不思議な、すみからすみまでどこまでも「スタイリッシュ」な「おしゃれ」な映画なんだけど、しゃらくさくない。

「おしゃれでしょう、スタイリッシュでしょう、かっこいいでしょう」みたいに作り手の自意識が迫ってくると、「うるさいな。はいはい、おしゃれおしゃれ」と思うけど、今作は何度見てもそう思わない。

しかし「おしゃれ」「スタイリッシュ」といったものを文章で表現するのはとても難しい。

うまく伝わるといいんだけど(キャプチャは貼るけど)。

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そして最後は ”ディーバ” シンシア・ホーキンスを演じた、本物の黒人オペラ歌手ウィルヘルメニア・フェルナンデス。アフリカ系で、とても美しい。

彼女とジュールの「心の通い合い」みたいなものも、この映画の見所。

恋・・・とは違う。歌手と良き理解者という、立場は違えど歌を愛する者同士にしか分からない、歌の琴線に触れることができる者同士の感応っていうんでしょうか。

それにしてもジュールは衣装まで盗んだのに気に入られちゃうww 

まあ、彼は美貌でかわいいですからね(笑) これが不細工だったら確実に事案ですよ。ジュール、やってること結構変態ですもん。不細工だと変態。イケメンなら「そういうところもかわいい」と。美は正義なのですね。


この映画は音楽も良くて、冒頭の「ラ・ワリー」から「アベ・マリア」、それに加えてウラディミール・コスマの音楽。彼女の声も収録されたサントラがまたいいんです。映画のシーンが脳内を駆け巡る。おすすめです(もう中古でしか見つけられなかったけど)。

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題名 ディーバ
監督 ジャン=ジャック・ベネックス
制作 セルジュ・シルベルマン
出演 ウィルヘルメニア・フェルナンデス、フレデリック・アンドレイ、リシャール・ボーランジェ、チュイ・アン・リュー
音楽 ウラディミール・コスマ、アルフレード・カタラーニ 「ラ・ワリー」
上映時間 118分
制作年 1981年
制作国 フランス
ジャンル 青春、サスペンス、アクション、80's


【映画】「夢のチョコレート工場(1971)」 ~2005年「チャーリーとチョコレート工場」の元映画~あらすじつき

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主人公チャーリーの健気な優しさが心に響く、コメディタッチでミュージカル仕立てのファンタジー。良くも悪くもいかにも70年代的セットで、けばけばしくも摩訶不思議な世界を表現しています。

原作は児童文学『チョコレート工場の秘密』、本作をリメイクした映画が、2005年に大ヒットしたティム・バートン監督 ジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場(2005)』です。

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****** おはなし ******
ひどく貧しい、そして心優しい少年チャーリーが主人公。学校帰り、ほかの子たちは駄菓子屋で無邪気にお菓子を選んでいても、チャーリーはお金がないから窓の外から店の中を眺めている。新聞配達をしながら家に帰るけど、待っているのはママと4人の寝たきりのおじいちゃん、おばあちゃんだ。

近所には、誰も入ったことがないウォンカのチョコレート工場がある。誰も入っていかないから、だれが働いているのかすら誰も知らない、不思議な謎のチョコレート工場。だけどこの工場で作られるお菓子は世界中で大人気だ。

ある日そのチョコレート工場が、世界中でたった5人だけに工場内を見せてくれると発表した。工場が作っているチョコレート「ウォンカ・バー」に、黄金の当たり券が入っていれば工場に行ける。それで世界中が大騒ぎ。子供だけでなく、大人たちも一緒になっての大騒動になる。

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地の果て日本でもバカ売れのウォンカ・バー

チャーリーも行きたいけど、自分にはチョコレートを買うお金がない。年にたった一回だけチョコレートをもらえる誕生日。だけどもらったチョコレートに黄金の当たり券は入っていなかったし、おじいちゃんが買ってくれたチョコレートにも入っていなかった。次々と当選していく子供たちをTVが放送してる。とうとう最後の1枚も見つかってしまった。

ところがチャーリーが、拾ったお金でチョコレートを買うと、なんと中には黄金色に輝くチケットが! 実は最後の5枚目は偽物だったのだ。するとどこからともなく怪しい男が現れる。彼はウォンカのライバル会社の社長で、ウォンカは最近「永遠に溶けないキャンディー」を発明したらしく、見学に行った時その秘密を探って自分に教えてほしいと、チャーリーにスパイになるよう持ちかけてくる。お礼にお金をたくさんくれるというのだ。

チョコレート工場へ行けるのは明日。チャーリーは寝たきりのおじいちゃんのひとり、ジョーおじいちゃんに「一緒に行って」とお願いする。するとおじいちゃんは使命感と喜びで「すっく」と立ち上がり、歩けるようになれた!

いよいよウォンカの工場見学の日。当選者である5人の子供たちと保護者たちは、「中で何があってもウォンカは責任をとりません」という書類にサインして、いざ、工場内へ入っていくのだった。
***********************

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4人のおじいちゃんとおばあちゃんが、「4人そろって寝たきり」は笑った。しかも大きなひとつのベッドに、あっちからとこっちから入って、それぞれおじいちゃんとおばあちゃんがペアになって寝てるの。かわいい。

左側のおじいちゃんとおばあちゃんは元気なんだけど、右側のおじいちゃんとおばあちゃんは少しだけ元気がない。おとなしい性格なのかな。チャーリーは右側のおじいちゃん、ジョーおじいちゃんが大好きみたい。


設定だけを見るとチャーリーの貧しさは本格的。祖父母たちは寝たきりで、父親がいないから母親が働いて家族の面倒を一手に引き受けてる。でも母親がしている仕事と言えば、昔風の「洗濯屋」。クリーニング店じゃあないよ。「洗濯屋」。とてもお金になるような仕事じゃあない。

それでチャーリーは新聞配達をしてるけど、これは生活費を稼いでるのかな。おこづかいなのかな。その辺がよくわからない。

生活費と考えるのが自然だけど、チャーリーは自分の判断でパンを買ってきてみんなの夕飯にして、残りの一部を母親に「これ使って」って渡して、さらに残りをジョーおじいちゃんに「これで煙草買って」って渡してる。その様子をお母さんは特に何を言うでもなく見守っている。

つまり自分で稼いだ金は、使い道も自分で決めている、っていう感じで、すごく自立してるように見える。

もちろんチャーリーは誕生日に年に一度しかもらえない小さなチョコを(エンゼルパイみたいな)、みんなに分けようとしたりするような優しい子だから、自分で稼いだとはいえ自分だけのものにしたりはしないのだ。

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そしてチャーリーのいい子っぷりと比較対象になる他の4人の子供たちの傍若無人ぶり。ちょっと見ないレベルのわがままさ。

オーガスタスはすごく食い意地が張っていて、工場ではチョコレートが流れる川にかぶりついてチョコをなめて川に落ち、ウォンカの制裁を受けるし、

金持ちの娘のベルーカは、父親の財力と従業員をつかってチョコの包装紙をむかせてた。工場っぽいけど、そのラインをすべて止めて、チケットが出るまで金をつぎ込む気満々。父親は娘の言いなりで、最後は親子ともどもダストシュートに落ちていたし、

ガム大好きバイオレットは本当はガムが一番好きで、今噛んでいるガムは3ヶ月噛みっぱなしという強者。ウォンカが開発した「フルコースの味がするガム」を、ウォンカが「だめだ」と言っているのに言うことを聞かずに口にして、紫色の風船のようにふくらんで飛んで行ってたし、

TVで暴力的な映画ばかり見ているマイクはカウボーイの格好をしておもちゃの銃を手放さず、早く本物の銃がほしくて仕方ない。ウォンカが開発した、TV番組の映像のように、チョコレートを離れた場所に転送できる装置に、やっぱりダメだというのに乗っかってまんまと転送には成功するが、手のひらに乗るほど小さくなる。

みんな大人の言うことを全く聞かない、舐めた悪ガキたちばかり。

もちろん最後、チャーリーにはちゃんと「いいこと」が起こります(チャーリーもジョーおじいちゃんにそそのかされて、ちょっとだけ羽目を外していたけど)。

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というわけで今作は、大人が子供に話して聞かせたい、たいへんに道徳的かつ教育的な映画に仕上がっています。

しかも演出がコメディタッチだから説教臭さが抑えられていて自然に楽しめるし、チャーリーのかなり可愛そうな境遇も、悲壮感がなくてむしろ微笑ましくすら感じられる描かれ方です。

重く悲しく悲観的に、極端に教育的に説教映画にしても誰も救われませんもんね。

チャーリーの健気さが物語を引っ張っていく映画でした。


個人的には、2005年のティム・バートン監督&ジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場(2005)』よりこっちが好きです。

ジョニデ版はそりゃあもう映像とか特撮的には雲泥の差ですし、ウォンカとかウンパ・ルンパたちの秘密にも迫っていて良かったんですけど、チャーリーよりもウォンカが主役みたいになっていて、チャーリーの健気さがオリジナルと比べると弱かったと思います。

両方のいいところが合わさるとよかったんですけど・・・上手くいきませんね。

 

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題名 夢のチョコレート工場
監督 メル・スチュアート
制作 デヴィッド・P・ウォルパー、スタン・マーガリーズ
脚本 ロアルド・ダール、デヴィッド・セルツァー
原作 ロアルド・ダール「チョコレート工場の秘密」1964年
出演 ジーン・ワイルダー
音楽 ウォルター・シャーフ、アンソニー・ニューリー、レスリー・ブリッカス
上映時間 100分
制作年 1971年
制作国 アメリカ
ジャンル ファンタジー、ミュージカル