題名 タイム・マシン
作者 H・G・ウェルズ
出版社 創元SF文庫
出版年 1885年ほか
出版国 イギリス
ジャンル SF、古典、短編集、タイムトラベル
ほんとうに忘れてしまうので、備忘録として簡単なあらすじと感想を記しておく。
1)塀についたドア ★★★★
濃い紅色のツタの這う白い壁、そして緑色のドア。そのドアは不滅の実存へと導いてくれる・・・
ドアの向こう側には友人ウォーレスの理想の世界があった。ウォーレスが最初にそのドアを発見したのは5歳のとき。中に入ると、大理石の花壇と二頭のヒョウ、美しく慈愛に満ちた女性、同じ年頃の子供たち、楽しいゲーム・・・。灰色の味気ない家庭に育った彼にとって、そこには幸福の楽園だった。しかし彼は現実に引き戻されてしまう。その後節目節目で何度かドアを見かけるが、徐々に大人になっていくウォーレスは現実のしがらみから扉を開けることなく通り過ぎる。8才の時の通学途中、17歳でオックスフォードの奨学金資格試験に向かう途中、恋人に会いに行くとき。その後も何度もドアを見かけるが、彼は一歩踏み出すことが出来ない。そして中年にさしかかり、ドアを素通りしてきたことを激しく後悔していたウォーレスは、とうとうドアを開け、楽園へ向けて一歩を踏み出したと思われるのだが。
感想 :
ウォーレスが脱出したのかどうかいろいろと考えさせられるが、私はウォーレスは脱出したと思う。そして私も脱出口を見つけたい(切実に)。でもまさに今、私が脱出口だと思っているドアの向こうは果たして楽園だろうか。そこが楽園かどうか分からない私にドアを開けられるだろうか。楽園だと確信していたウォーレスでさえ開けることができなかったわけだが、最終的に彼は開けた。私にその勇気を持てる日がくるだろうか。
2)奇跡を起こせる男
主人公は奇跡など全く信じない男。ところが酒場で「俺は奇跡など信じない」という話をしていたところ、彼はランプをさかさまにして空中で止め、それでも燃え続けるという説明のつかない現象を起こしてしまう。意図せず奇跡を起こせる男になってしまった主人公は、奇跡の実験のさなか警官に見つかり、面倒くさくなって警官を地獄に送ってしまう。すぐに思い直してサンフランシスコへ移すが、そのことが気になって仕方がなくなり牧師に相談をしに行く。牧師の方は「奇跡が起こせるすばらしさ」の方にばかり気を取られて主人公の悩みを全然聞いていない。しかもそのうち地球の自転を止めようと言いだして、人類をいったん滅ぼしてしまう(すぐに修復するのだが)。
感想 :
ドラえもんの「独裁スイッチ」に共通するところもある本作。主人公は基本的にたいへん善良なので大きなことは出来ないのだが、思わず警官を地獄に送ってしまってだいぶくよくよしている。私も地獄、送っちゃうかもなあ。日本人だから「地獄に」とは思いにくいが、「死んじゃえ!」とかは普通に簡単に思いそう。
奇跡の使い方として、ご飯を出したりするくらいなら全然かまわないが、他人の性格を変えてしまうなどというのは全く容認できない。それにしても牧師の方はまったく偽善的かつ独善的。ただ自分好みに他人や世の中を変えようとしていているだけのくせに、善行を施しているつもりになっているのが全く気に入らない。許しがたい。
私としては「これを願ったら、こうなって、ああなって、ええと・・・」って、バタフライ・エフェクト的に先々まで考えなくちゃならなくなりそうで面倒くさいからこんな常識はずれの能力はいらない。
ただ、急に地球の自転が止まった大惨劇の中、主人公がたった一人で「どうしようかな」と思っている姿を想像すると絵になるなあと思った。
3)ダイアモンド製造家
主人公はある日出会った貧しそうな男に、「自分はダイアモンドを人工的に作り出す技術を開発した。この技術が一般化される前にできるだけ売って大儲けしたい。しかし開発に金がかかりすぎて無一文になってしまい、材料費すら準備できない。だから買ってほしい」と持ちかけられるが、その金額が自分の全財産に匹敵する金額だったために躊躇してしまい、あとになってから「買っておけばよかったかもしれない」と後悔する話。
4)イーピヨルニスの島
主人公は、何百年も昔に絶滅した鳥類イーピヨルニスの卵を発見する。大発見に興奮する主人公だったが、いろいろあって漂流してしまい、卵と共に無人島へ流れ着く。しかもその卵は特殊な環境下で保存されていたためまだ生きていた。孵った卵から生まれた鳥イーピヨルニスとの無人島生活が始まるが、鳥は徐々に凶暴な本能を現し始める。主人公は最終的には鳥を殺してしまうが、あんな凶暴な鳥でも孤独よりはマシだから生かしておけば良かったと思う、という話。
5)水晶の卵 ★★★★★
ウェルズの代表作『宇宙戦争』の前日譚と思われる作品。骨董屋の主人が偶然手に入れた卵形の水晶をのぞくと、そこには火星に住む火星人の様子が見える、という話。
感想 :
今まで読んだウェルズの小説の中で一番好きな作品。後日、地球を侵略してくる火星人が(『宇宙戦争』)、その準備のために地球を観察できる機械(水晶)を地球の各地に送り込み、それを通して地球人を綿密に観察していると思われる様子が描かれる。主人公の骨董屋が、まさか後年その火星人が地球を侵略しに来るとは夢にも思わずに水晶をのぞいているのかと思うと胸アツ。詳細は下記リンクを参照されたい。
6)タイム・マシン ★★★★
地上に住むエロイたちは、若く美しく金髪で白人、きゃしゃな少年少女しかおらず、いつも無邪気に戯れていて、果物しか摂取しないような無垢な人々。美しいだけで頭は空っぽの、役立たずな存在になっている。反面、地下に住むモーロックの容姿は、濁って灰色がかった白い肌、赤灰色の目、黄色い髪、ぐにゃぐにゃの皮膚と肉体でかなり醜悪。しかし地下でそれなりの機械文明を維持しているよう。いずれにしても、人類が長い時間をかけて築き上げてきた知恵と英知は完全に失われていた。タイムトラベラーはモーロックと対峙した後、さらに未来の3000万年後の地球へも向かう。
感想 :
『宇宙戦争』に並ぶウェルズの代表作。映画と違って主人公は「タイムトラベラー」と呼ばれるだけで名前は分からない。映画版は地底人の方のモーロックの着ぐるみ感がやや滑稽なためシリアス度が損なわれていたり、エンディングが前向きだが、原作の方はディストピア感がかなり強い。
地上には美しく豊かな人が住み、地下には奴隷のような労働者が住んでいるということで『メトロポリス(1927)』の世界観に似ている。産業革命真っただ中に書かれた『タイム・マシン』からはじまり、機械工業化に拍車がかかっていく『メトロポリス』の世界を経て、そのずーーーっと先にこの『タイム・マシン』の80万年後の世界がある、という感じ。
現実の私たちは別に地下に閉じ込められて働かされたりはしていないので、今のところはこの『タイム・マシン』や『メトロポリス』の世界を経過していない。でも、うっかりすればそうなってしまうかも、というきわどい感じもあって、ここで描かれるエロイとモーロックの姿はまるで私たちの未来のパラレル・ワールドのよう。
これが人類の未来なのかと思うと気が重くなる。でも80万年後だから・・・。まあいっかあ。